創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

21.ステップ・ストップ(3)

「……えーと、そうね」
 珍しくエレナが言い淀みます。ここでどうやらミリーは、自分に向けられた視線が助け舟を求めるものであると解釈したようです。一人納得した顔をして声を上げました。
「あっ、レルズ君も事情知ってる人なんだね! ワタシ、最近になってシザーと仲良くなったんだよ」
「シザーさんの事情? ……あ、あれのことっすか」
「そう! あれ! 最初すっごい怖い人だと思ってたんだけど全然そんなことなくて、びっくりしちゃった!」
 そうして当人は無邪気に笑みを広げ、彼のことを話し出します。それは心から幸せそうな様子で、少し気まずそうなエレナとは特に対照的に映りました。彼女の目を盗むようにレルズの様子を窺うと、彼も目は笑っていませんでした。
 ミリーは相手の気持ちを察せないような人ではなく、むしろ敏感なところもあったはずです。しかしこの時ばかりは少し浮かれてしまっていて、そうではなかったのかもしれません。
 学生寮の玄関先で別れ、夕食の時間を挟んだ頃になって、エレナは再び彼の下を訪れました。静まっている男子寮へ一人で行くのにもあまり躊躇はないようです。軽く二度のノックをすると軋みながら戸が開き、ほぼ無表情でレルズが顔を出しました。
「ちょーっと今日のことで話があるんだけど、いいかしら? ……入るわよ」
 あくまで明るく茶化すように訪問したのですが、彼からの突っ込みはありません。黙って部屋に上げ、エレナも口を閉ざしました。
 室内には特にこれといってミリーの描かれた物は見当たりませんが、それはファンであることをひた隠しにしていることの表れでしょう。棚の一つにカーテンが付いていますから、グッズや雑誌等はそこに隠していたのかもしれません。それを除けば至って一般的な男子の部屋と言えると思います。机の上には学校でも使っていた真紅の携帯音楽プレイヤーが置いてあり、レルズはその椅子に座りました。
「日記とかつけたらどう? あんな近くで喋ったの、初めてでしょ?」
「お前、わざわざそんなこと言いに来たんじゃないだろ」
 前髪の切れ目から彼女を軽く睨み付けた後、
「……シザーさんに敵うわけねーよ」
 目を逸らして力なく言うその横顔に、エレナは少しむくれました。
「あんな顔見せられたら、本人が何も言わなくったって誰でも気付く。……別に、ミリーちゃんは俺とは違う世界の子だってずっと思ってたし、今以上になりたいなんて考えたことはなかったけど」
「そういう考え方、よくないと思うわ」
 思いの外厳しい口調にびくっとして、顔を上げます。怒っているようにも見えましたが、その訳は彼にも、そして今の私にもわからないままでした。
「そうやって言い訳して勝手に身を引いて、本当に満足? ちゃんと自分で納得しないままじゃ絶対後悔するわ。言っておくけど、わたしからすればあなたの態度はどう見たって恋してる人のものよ」
「こっ……!」
 顔を真っ赤にして肩を跳ね上げ、椅子ごと体が揺れて倒れそうになります。エレナは構わず続け、
「その思い、大事にしなさい。好きな人がいるとか、その相手が自分の友人だとか、別に関係ないのよ。こっちが振り向かせちゃえばいいだけの話! レルズはまだマシな方なんだから――」
 そこではっとし口を押さえて言葉が切れました。レルズは先程の動揺が多少なりとも落ち着いたのか、ぱちぱちと瞬きをします。
「マシって、何が」
 少しの間エレナはその手を口元に当てたまま思慮していましたが、人差し指を立てて語り出しました。
「……例えばレルズが順調にミリーと仲良くなっていって、二人でも自然に遊びに行けるようになったとするわ」
「な、えっ」
「想像するだけでも嬉しいでしょ?」
 どこか含みと影のある微笑みを浮かべると、淡々と続きを口にします。
「そんなある日、ミリーが一つの相談を持ち掛けてくるの。あなたは頼られたことに内心では喜んで、嬉々として聞こうとするわね? でもその相談とは、好きな人との仲を取り持ってほしいということ――」
「うわあああ考えたくねえええっ!」
 そこでレルズは話を遮ると、大袈裟にも頭を抱え込む勢いで両耳を塞いで叫びました。外まで響いてはいないでしょうか。彼女もこれにはさすがに驚いた顔をして身じろぎしましたが、一つ息を吐きながら目を閉じました。
「要はそういうこと。あなた、シザーと仲いいんだから……今後そうなる可能性が全くないとは言えないでしょ。そうなる前に打つ手を考えておきなさいな。ま、わたしは友人としてミリーの応援もするけど」
「何なんだよっ、どっちの味方だよお前はよ!」
 ダンッと自らの膝を叩いて訴えます。それに対してエレナの答え方はきっぱりしていました。
「味方とか敵とか、そういう問題じゃないわ。わたしはただ、三角関係が変にこじれるのを見たくないの。レルズもミリーもシザーも、どんな形であれみんなが幸せな結末になればそれでいいのよ。こういうのは、いくらわたしが口出ししても結局は本人たち次第じゃない?」
 シザーはまだ知りもしないだろうけど、と付け足すと、からりと笑います。
 このようにエレナは、この頃から既に確かな自分の考えを持ちそれに従って動いていたのでした。これがレルズや私と大きく異なっていたところで、彼女が大人びて見えていた所以だったのだと今頃になって理解します。
 レルズは膝上の握り拳を解くと、机の縁に肘をかけて寄りかかりながらふて腐れたようにぼそりとぼやきました。
「何つーかさ、暇だな、お前」
「お節介と言ってちょうだい?」
 そんな言葉をぶつけられても、彼女はあくまで笑顔なままであります。時にそれは鉄壁の仮面となって、心の内を覆い隠してしまうのでした。