創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

25.スズライト家

 最初に学生寮へ着いたとき、エレナがその生まれなどについて簡単に話してくれたことがあったのを覚えているでしょうか。この日は、歴史の授業がちょうどその辺りの時代から始まりました。
 学生寮として使われているあの大樹のような建造物ですが、その大本を作り出したのはイリーラという魔法使いのお婆さんだそうです。彼女は始祖の大魔導士として称えられる人物でありながらその記録は少なく、未だ多くの謎が残っています。今では実在したのかさえ議論されている、とのことでした。
 そんな人物がいる一方で、現代にもその痕跡をはっきりと残す者もいます。スズライト家の人々がそうでした。ただの一領主に過ぎなかった彼らでありましたが、イリーラお婆さんの話と同時期に起こっていた国家設立に際して多大なる貢献をしたというのが事の始まりです。その功績は当時の王と呼べる存在、つまり妖精に認められ、彼らの名を取りこの地はスズライトと呼ばれるようになったのだと伝えられています。
 この時代は創世紀といい、半ば神話的な扱いを受けているように私は思うのです。どこまでが事実でどこまでが創作か、はたまた誇張なのか、学者の皆さんにもはっきりとはわかっていません。しかしスズライト家が貴族から頭一つ飛び出た名門として、今も名を馳せているのは事実です。妖精の森に沿い南西へ向かうと大きな屋敷がそびえ立っているのが見えるので、同級生にも彼らの名前を知っている人は沢山います。
 私はこの授業で初めて彼らのことを知りました。歩いていけるところに住んでいると聞いても、教科書に太字で記されているような人々には現実味を感じなかったものです。しかし彼らは後に、私の生き方を支える柱の一本を構築するきっかけとなりますので、ここで少々お話させていただきましょう。
 あらかじめ断っておきますけれど、私たちの人生が交わるのはまだ先のことでございます。

 屋敷周りの領地はどれくらいあるのでしょう、私にはわかりません。お城のような白い壁と柵に、豊かな緑が溢れ、庭先にはガーデンパラソルがありました。外から見えるのはこれくらいで、大した情報にはなりません。ただ、この家の中には私たちと同年代くらいの娘がいることが噂になっていました。
「リアス、紅茶」
「かしこまりました」
 とても座り心地が良さそうなクリーム色のソファに、二人の女の子が座り何か書類らしきものに目を通しています。二人はよく似ていました。シャンデリアも掛かっているような上品な部屋には少し浮く、ラフな服を着ている方の子が傍らに立つ初老の執事に声をかけます。彼は笑顔で一礼し、繊細なレースが敷かれた小さい机の上でティーポットからお茶を注ぎ始めました。
「ネビュラ、もう全部見たの?」
「どうせ今までと同じメンツでしょー? 確認するまでもないない。ほらメアリーもお茶にしよって」
 彼女たちこそ現スズライト家令嬢の双子で、ゆっくり喋る方がメアリー、早口な方がネビュラです。腰まで伸びる黒髪やきめ細かな白い肌、薄桃色の爪先まで瓜二つな姿をした彼女たちですが、性格は似ませんでした。また服装の好みも違うのか、ホットパンツ姿で足を剥き出しのネビュラとは対照的にメアリーはくるぶしまで覆うロングスカートを身に付けています。
 ネビュラは膝の上に紙の束を置きました。人の名前がずらりと並んだリストのようです。
「ネビュラ様の仰ることもわかります。ですがこれはお嬢様方の誕生パーティに招待する方の一覧でございますので、どうか一度ご確認をお願い致します」
「だからってアタシ達にこんな雑用みたいなことさせるとかさー。ていうかせめてもうちょっと見やすくする工夫してよ、目ぇ疲れるんだけど」
「担当の者には伝えておきましょう」
 執事のリアスさんが二人の前のテーブルに紅茶を置くと、早速ネビュラが口を付けました。メアリーは生真面目にもリストを手離さず目を動かしています。しかし途中で止まって、顔を上げリアスさんに尋ねました。
「ティティさんの名前がないみたいだけど……まだ見つからないの?」
「そのようでございます」
「そうなんだ、心配だね……」
「てーか、むしろ怪しくない?」
 カチャンと音を立ててカップを戻し、メアリーに比べて幾分気の強そうな光をたたえた目を細めます。
「ティティ行方不明って最初に聞いたの去年の冬だよ? もう半年経ってんじゃん。なんか本気で捜す気なさそうなんだけど。こういうときこそバンバン家の権力使えばいいのに」
「ネビュラ……」
「だって庶民じゃあるまいし、ちゃんとやったら絶対すぐ見つかってるって。この辺って森ばっかだから意外と世間狭いもん。国外に出たならその記録があるっしょ。もしかしたら大っぴらに捜せない理由でもあんじゃないの? ほら、あそこ最近黒い噂もあるじゃん?」
「そ……そういう風に考えるのって良くないんじゃないかな」
「メアリーはもっと人を疑うことを覚えなってー。ただでさえウチの権力と財産狙いの輩は多いんだから。そんなんじゃ次期当主務まんないよ、『お姉ちゃん』」
「………」
 再度カップを傾けながら横目で見てくるのは、自分にそっくりな顔。メアリーは視線を落として、手元のリストに細い指を滑らせました。その先に記されていた名前は、キラのものです。彼女の様子を見かねたのか、リアスさんがそっと紅茶を勧めました。彼の瞼は常に閉じていて、その瞳の色を窺い知ることはできません。しかし一貫して穏やかな物腰と口調、目尻の小皺が合わさって柔和な印象を人に与えます。
「お昼を回りましたら先生がお見えになられますので、それまでにはお済ませください」
「あ、はい。ありがとう、リアス」
「はー、勉強だるいー」
 ぴんと背筋を伸ばして伝えると再度一礼して、彼は退室していきました。
 メアリーもネビュラも、学校に通っていません。それはご両親の意向であり、代わりに専属の家庭教師を雇っていました。お家柄、何かとしがらみや厳しい決まりがあったのでしょう。外出にも制限がつき、あまり外には出てこないので、二人の顔や姿を知る人物というのは多くありません。
 そこは柵一つを隔てて別世界のような、まるで違う時間が流れていたのでした。