創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

32.夏休みの始まり(3)

 だいぶ人通りの少ないところまで来ると、ルベリーの様子はだいぶ落ち着きました。シザーの支えを断り、自分で普通に歩けるまで回復したようです。確かに、霧も渦もすぐに薄れて、今では殆ど見えなくなっています。しかし、まだ顔色は優れなかったので、みんな心配していました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……迷惑かけてごめんなさい……」
「迷惑なんて思ってねーよ。それより本当に大丈夫か?」
「……人混み、苦手なだけ、だから。も、もう平気。ごめんなさい……」
 ルベリーはたどたどしく言葉を発し、何度も腰を折って謝り続けています。かえって困り果て頭を掻くシザーに代わって、エレナが出てきました。努めて作っているのがわかる優しい笑顔でした。
「そんなに謝らなくていいわよ。わたしこそ、無理させたみたいでごめんなさい」
 そして、パンっと胸の前で一度手を叩き、明るく次の言葉へ続けます。
「じゃあ、人の少ないところで遊びましょ!」

 聞くところによると祭りは夜からが本番だそうで、商店街の賑わいと反比例するように他のところは静かでした。民家の明かりがどこもかしこも消えていて、町から人だけがすっかり消えてしまったようです。しかしエレナが連れてきてくれた場所は、それ以上に静かな町はずれでした。キラが冷静に辺りを見て尋ねます。
「暗くてよく見えないが……坑道か何かか? こんなところに何の用が」
 スズライトの南には山地があり、その山を越えると私の故郷でもある隣国との国境があります。どうやらここはその付近らしく、何年か前から使われなくなった廃坑のようです。三メートルくらいの高さの穴がぽっかりと空いていて、中は真っ暗。にわかに風が吹いてきます。入り口の横にはトロッコが打ち捨てられていますが、積まれているのは砂ばかりでした。線路も引かれていて、人の手が入った形跡は確かにあるはずなのに、その気配はもう感じられません。
「みんなには内緒にしてたけど、ここで肝試ししようと考えてきたのよ! 立ち入り禁止って別に書いてないし、いい場所だと思わない?」
「別にぼくは何でもいいが、鉱山でするのか? 墓とかじゃなく? この辺りなら、大昔悪魔にやられたとかいう街の跡地も確かあっただろう」
「ああ、あの遺跡は本当に洒落にならないのが”出る”から遊びで行っちゃダメよ。うふふ」
「ひえええ」
 それはそれは清々しい満面の笑みが返ってきたので、ぞっとしたのを覚えています。思わず隣にいたネフィリーにしがみつくと、彼女の顔と体もこわばっていて、私には恐怖心を抑えているように見えました。
 エレナがおもむろに杖を取り出して、くるんと一振りします。すると彼女のもう片方の手が一瞬煙に包まれて、割り箸が数本入った空き瓶が現れました。部屋辺りにあらかじめ準備しておいたのでしょう、用意のいいことです。
「入る順番はくじでね。はい、まず男子引いて」
「俺らだけ? 四本しかないじゃん……あ、俺一番だ」
「じゃあトップバッターよろしく。次は女子に引いてもらうから、確認したら戻してちょうだい。いい、同じ番号の人とペアで回るのよ」
「やっぱりそういうこと考えてたか〜。ぶれないねエレナは」
 くじを引きながら、ミリーは苦笑いしました。ところが、はたと何かに気が付き、
「これ、女子一人余っちゃわない?」
「わたしを抜いて四人よ。下調べで一回中入っちゃったし、わたしはいいわ。案内役ってことで」
「とか言って、怖いから入りたくないだけなんじゃねーの?」
 横からレルズが茶化します。
「あら、失礼ね。わたし幽霊も悪魔も殺人鬼も怖くないわよ」
「さ、殺人鬼……」
 彼女が言うと嘘に聞こえないのですけれど、さすがに殺人鬼は恐れた方が良いのではないかと私も思いました。まさか本当に遭遇したことはないでしょうし。
 それはさておき、エレナを除いた男女四人で組み合わせを確認したところで、いよいよ肝試しのスタートです。魔法で小さな炎を出して灯りにするのですが、その真っ赤な火の玉さえ私には未だ怪奇現象のような存在でした。


 ここで一つ、お願いしたいことがあります。それは、ペアを組んだところまでは覚えているのですが、坑道に入ってから出てくるまでの記憶だけがすっぽりと抜けていることです。
 これではお話ができないので、先日改めて当時のことをキラに聞いてみたのですけれど、何故か教えてくれませんでした。
『覚えてないなら、無理に思い出さなくていいんじゃないか』
 少し考えて数度瞬きした後、顔を逸らし、そんなことを言って。
 結局自力では思い出せず、今この時でもわからずにいるので、このまま話を進めさせていただきます。ご容赦下さい。
 改めてあなたへお話する機会はもうないかもしれませんけれど、思い出す努力はしてみます。今度は、キラではなく別の誰かに尋ねてみましょう。