36.肝試し〜サラサラ銀髪な彼の場合〜
* * *
「お前、くじに妙な細工しただろ」
「さあ、何のことかしら?」
ペアを確認した時からずっと頭にあった疑惑を、ストレートにぶつけた。
当人はしらを切っているが、あのくじ引きに意味などなかったはずだ。頭の中では初めから誰と誰を組ませるか決めていたのに、あたかも偶然の結果そうなったように演出している。この疑いは、「エレナの用意したくじで」「オレとルミナが組まされた」瞬間から生じていた。それくらいエレナの日頃の行いには問題がある。
確率論的には、たまたまだと言い張ることもできる数だ。具体的にどうやったのかまでは言い当てられないし、既に出発した三組についても同じなのかはいまいち確証が持てない。だが、少なくともオレらに関しては確実に意図的だというのが、この目と態度に十分滲み出ていた。
「キラが最後に来るようにわざわざ魔法を使ったっていうの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なぁに? 言わなきゃわかんないわよ?」
白々しい。わかってるくせに。
すぐ横にはルミナ本人がいる。言えるわけがない。それを見透かした上で楽しんでいるのだ。
「さ、細工? くじに? どういうこと?」
「……何でもない! 行くぞ」
「あら」
先に吹っ掛けたのはオレの方だが、余計なことを言ってこれ以上からかわれたくもない。追及は諦め、理解していないルミナを促し坑道へと入る。
「それじゃ、出口で待ってるわね。楽しんでいらっしゃいな」
笑顔でそう言い残して、エレナは箒にまたがり夕闇の向こうへ消えていった。一息をつく。
何でも恋愛に結び付けて首を突っ込んでくるところには、つくづくうんざりする。それさえ除けば、嫌な奴ではないのだが。スズライト家とのことやあのホウキレーサーのこと、そういう問題が頭にこびりついていても、エレナのペースに巻き込まれると吹き飛ばされてしまう。その点では感謝していなくもないのに、別の意味で疲れるのだから素直な礼の感情も持てやしない。
どうも、エレナの中ではオレがルミナを好いていることが確定しているようだ。オレはそんなこと一言も言っていないのに。むしろ、勉強のことだったり箒のことだったり、ルミナの方から甘えて……絡んでくることが多いため、勘違いしそうになる。迷惑な話だ。
結局、二ヶ月間ルミナと接してきても、変わったことは何も起こらなかった。
――そう、何も。
「試しに、自分で炎出してみるか?」
まだ明かりを灯していなかったので、隣に声をかける。魔法の練習になるだろう。
「う、うん。そうだね、やってみるよ。えっと、火の魔法は……」
ごそごそと杖を取り出し、授業で習った手順通りに術を発動させる。つい数日前が試験だったから、まだ覚えていたようだ。杖の先端近く、数センチ離れて宙に真っ赤な炎が出現した。パッと周辺が照らされる。
うまくいったはずなのだが、突然強風に煽られたみたいに炎の形が激しくぶれて、掻き消えた。
「何だ? どうした?」
「い、今、向こうで何か光らなかった?」
ルミナは目を大きく開き、真っ暗な道の先をじっと凝視している。
「……気のせいだろ。ちょっと大きめの火の粉でも跳ねたんじゃないのか?」
唱える側の精神が不安定だと、術にも影響が出かねない。下手に暴走でもされたら困るし、明かりはオレが灯すことにしよう。仮にもこれは肝試しだ。入る前から怖がっていたような奴にさせるべきではなかったか。
改めて、小さな炎を浮かべた。その明かりを頼りに目を凝らしてみるが、やはり他に光らしきものは見当たらない。
「怖いと思ってるから錯覚しただけ――」
後ろからひしっと両肩を掴まれた。
「な……!? は、離せ! 歩きにくいだろ!」
「だって! なんか凄く怖いの! キラ先に行って!」
心臓に悪い。かっと暑さがこみ上げてきて、一気に汗が噴き出す。
振り向いたすぐ近くにルミナの頭があった。細い金色の髪の毛一本一本がわかる距離だ。しがみついた小さな手の平から生温かな体温が伝わってくる。仄かに漂うのは、昼間の潮の香りか。
目をきつく閉じ、首を横にブンブン振り、ルミナは全身で「行きたくない」と主張していた。肩を動かして払おうとしても、口でどれだけ言っても、全く離れようとしない。今のところ単に薄暗いだけだと思うのだが、そんなに怖いものが駄目なのか。
観念して、仕方なく足を前に動かした。この体勢だと地面の僅かな凹凸でもつまずきそうになるし、暑いし、本当に離れてほしい。何も異変は起こらない。エレナのことだから驚かす仕掛けでもしているのかと予想していたが、それらしい物も特になかった。だからいい加減普通に歩いてくれ。心の中では荒波のように感情がぐるぐると回っている。鼓動も一向に落ち着く気配がない。
そのまま数十歩歩いたところで、不意に後ろに引っ張られる感覚がしてつんのめった。ルミナが立ち止まったのだ。
不安げに眉を寄せて視線を泳がせ、肩を掴む力を強めてオレの服を引っ張る。
「こ、今度は何だよ!」
「わ……わかんない」
「は!?」
ルミナは一度口をつぐみ、しばし言い淀んでから、
「後ろ、誰も……いないよね?」
そう続けた。
オレまで薄気味悪くなってきて、すぐさま後方を見やる。しかし何度瞬きしたところで、ひたすらに土しかない。
「オレらの影が伸びてるくらいだ、どうせそれを幽霊だと勘違いしたんだろ!」
ルミナの表情は尚も曇ったままだ。それでもオレの言葉を耳にして、顔を上げると、壊れかけのおもちゃのようにこわばった動作で恐る恐る振り向く。手にますます力がこもる。
硬直すること数秒。何故かもう一回こっちを振り返って、パチリと音を立てて燃えている真紅の炎を無言で見上げる。瞳が怪しく揺らめく。
再び、ゆっくりと後ろを向いた。
右の手のひらがするりと肩を離れていく。
その人差し指をすっと伸ばして、震える声で。
「じゃあ……そこに浮いてる青白い火の玉は何?」
あれほど鬱陶しかった熱が、嘘のように引いた。
オレの目には何も映らなかったから。
坑道内を吹く風が急に冷たくなったように感じて、頭の中の言葉が全て吹き飛ぶ。何と言うべきかわからない。
「……い」
それが顔にも出ていたのだろう。ルミナのすがるような目がオレを捉えると、みるみるうちに顔面蒼白になる。
「いやあああああああぁぁぁぁ!!」
絶叫して、飛び出した。大音量の悲鳴は洞窟中の空気を震わせ、反響し、どこかにいたらしいコウモリがバサバサと一斉に羽ばたく。
途中でよろめいたり、脇の線路跡で転びそうになったりしながらも、見たこともない速さでルミナは走り続け、あっという間に奥へ消えてしまった。
それを茫然と見送ってしまってから、慌てて後を追う。
「あっ、おい! ルミナ!」
赤色をした、確かな光を発している方の炎の中で、火の粉が激しくくすぶっていた。
すっかり夕日が沈み切っている。
幸い坑道は一本道だったので、出口で合流することができた。全員が集まっていて、ルミナはその輪の中でバタバタと要領を得ない説明をしている。
「ホントに人魂が出たの! ホントだってばー!」
一緒に怖がっている奴はいるが、それも半信半疑混じりだった。普通は、霊の類が直接目に見えるはずはないのだ。
呪いやポルターガイスト等といった現象を通さなければ、一般人には彼らを感知できない。それらの取り扱いを生業とする呪術師や退魔師でさえ、魔法をかけなければ目視不可能だ。現に、オレも含めて、皆そんなものは見ていないと言う。
ルミナが見た青白い火の玉というのは、本当に霊的な何かだったのか。
きっと本物だったのだろう。
初めて会った日、“あの“妖精の森で迷っていたこと。その日の夕方には、オレの心の中を読んだかのような言葉を投げかけてきたこと。所詮単なる偶然だったとか、勘が冴えていたとか、その程度のことにして片付けようとしていた。しかしそうではなかった。ルミナは、オレたちとは確実に何かが違う。
これはもはや確信だったが、黙っておいた。
「取り憑かれたり、してないわよね?」
素のトーンで発せられたエレナの一言で震え上がっている彼女に、トドメを差すことになってしまいそうだから。