創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

72.隠し事

 私は一人、学校から真っ直ぐに商店街へと向かっていました。喫茶店ティーナに会い、メアリーへ手紙の返事を伝えたと報告するためです。

 ティーナとは、彼女のバイト先へ行くこと以外にコンタクトを取る手段がありません。これまでも何度か会いに行ってはいたのですけれど、休みの日であったり忙しそうであったりして話せなかった日が続いていました。

 手元にパンフレットがあることですし、学園祭の話もしたいと想像します。そうした理由もあってキラを誘っていたのですけれど、断られてしまいました。

「あの手紙の返事のこと、ティーナに伝えに行こうよ。この後一緒に行こう?」

「……オレはいい。悪いがルミナ一人で行ってくれ」

 掃除の時間に、手を動かしながら喋ります。周囲には他に人がいるので、互いに声量は抑えめです。メアリーとネビュラの名やスズライト家といった直接的な言葉も口にしないよう気を配ります。

 スズライト家は、王様と名前を並べることもできるほどの名家です。彼女たちと面識があるということは、私たちの間だけの秘密にしていました。

ティーナはオレを良く思ってないからな」

「えっ、そうなの? 何で? 全然そんな風には見えなかったけど」

「良く思われる理由がない。下手をすると嫌われてるくらいだ。……だから、お前も、気を付ける方がいいと思う」

 その言葉の意味がよく理解できず、聞き返します。

「……いや、さすがに言い過ぎたか。今のは忘れろ。とにかくオレは行かないから」

 キラはそう言ってすぐに取り消しはしたけれど、それきり私に背を向けて話をやめてしまいました。

 

 商店街の出入口のアーチの前で箒から降りて、喫茶店まで歩いていきます。夏季休暇の時期を過ぎたからでしょうか、以前訪れた時と比べて通りの賑わいは大人しくなっているように感じました。

 今日こそ話せるといいな、と願いながら黄金色のドアノブを捻ります。出迎えの女性店員に奥のカウンター席へ通されながら店内を見渡したところ、席はおよそ半数が埋まっていますが一通りオーダーは済んでいる様子です。肝心のティーナは見当たりません。

「この頃、よく来てくれるわね?」

 席につくと、パフィーナさんがにこやかに話しかけてきました。艶やかな巻き髪とゼリーのような瞳の桃色は年齢というものを感じさせず、不思議な雰囲気を醸しています。

 彼女やティーナがよく話しかけてくれるので、この喫茶店は一人で入ってもあまり寂しい気持ちになりません。この日カウンター席の方は空いていて、先客が店を出たことで私とパフィーナさんは一対一になりました。

「美味しくって気に入っちゃいました。それと、ティーナにお話したいことがあって。今日はいますか?」

「あら、運が良かったじゃない。あの娘ならもうじき来るわよ。待ってる間、何にする?」

 お小遣いに余裕があるとは言えませんので、店長でもあるパフィーナさんの特製ドリンク一品だけを頼んでティーナを待ちます。従業員用の出入り口からティーナが姿を現したのは、時計の分針が一周する少し前くらいでした。

 その制服の、胸元の黒いリボンタイの結び目が通常よりも大きく膨れているように見えて違和感を覚えます。

 目を凝らすと、黒く渦巻いていました。

 私と目が合った時に、一際強く脈打ったような気がしました。

「ルミナ! いらっしゃい!」

 それを微塵も感じさせないほど、ティーナはいつも通りの明るい笑顔で接してきます。

 しかし自分の目を何度疑っても、間近で見るほどにその存在感は確かなものとなりました。握りこぶしより一回り小さいくらいの渦が、確かにありました。

「貴女と話がしたいそうよ?」

「あ、前頼んだ伝言のことなら聞いてるよ。ちゃんと手紙の返事もらったって。ありがと!」

「そ……そっか。あの、ティーナは、今何か気になってることとか、悩み事とかあるの?」

「えっ? どうしたのいきなり。別に、特には無いよ? わたしどこか変?」

「う、ううん」

 つい第一声で口にしてしまいましたが、ティーナの態度は何も変わりません。これまでにこの渦を色濃く見た時には、当人の様子にも少なからず異変があったものです。こんなにもくっきりと胸中を渦巻く黒が見えるというのに、表情や言動に何の問題もないのは初めてのことでした。

 パフィーナさんが厨房の中へと場所を移し、代わりにティーナがカウンターの中に入ります。洗われたグラスの水滴を拭き取って片付けながら、ティーナは口を開きました。

「友達……なんて、ぼかして言う意味も、もう無いか。二人のところまで行ってきたんだもんね」

 目の前で揺らめく渦が気になって、落ち着きません。けれど彼女の口調はどこまでも普通で、とても追求できる雰囲気ではありませんでした。

 私は何でもないフリをして会話を続けながら、笑顔の裏を探ろうとします。しかし、この私にそうした器用な話術や観察眼が備わっているはずもなく、話の流れを誘導したり秘めた悩みを察したりすることなど到底できませんでした。

「私がキラについていったのも、知ってたの?」

「だいたい何があったかは聞いたよ。ほら、おしゃべりな妹がいたでしょ。ルミナから頼めばキラもちゃんとすると思ったんだけど、……一緒に会いに行っちゃうのは完全に想定外だったな……」

「そうだったの?」

「あ、ううん、いいんだ! 二人とも喜んでたから! 友達ができたんだって、嬉しそうに教えてくれたよ。だから本当に、いいの」

 ティーナはかぶりを振って、いいんだよと繰り返します。それに伴い胸元に浮いている渦の回転が少し早まって、起伏も荒々しくなっていき、ドキリとしました。

 何がいけなかったのか、実を言うとそれは今となってもさっぱりわかっていないのですが、とにかく急ぎで話題を変えます。

「そ、そうだ、飛び級! 飛び級で学校卒業してるって話聞いたけど、本当なの?」

「え……うん、まあ」

 強引だったかもしれません。ティーナは少々戸惑ったように瞬きをして、小さく頷きます。

「でも、ただ早く卒業したかっただけだから、そんな立派なことじゃないよ」

「それでも凄いよ! 賞もいっぱい取ったって聞いたよ。早く卒業してバイトして、やりたいことや夢があるの?」

「夢か……そうだね……」

 ティーナは視線を落とし、静かにグラスを下ろして口をつぐみました。

 また話題選びを間違えてしまったのだろうかと不安になったとき、ぽつりと零します。

「わたしはただ……あの子を支えたいだけ」

 消えてしまいそうな、細い声でした。

 リボンタイと渦の色が重なってはっきりとは見えず、確証はありませんけれど、黒い濁りがきゅっと僅かにだけ縮んだように見えました。

「あの子たちに幸せになってほしいだけ……」

ティーナ?」

 それも束の間のことで、不意にパっと顔を上げるとまた元のように笑います。金髪のポニーテールが温かなランプの光を反射しました。

「――どんなに成績が良くたって、魔法ができたってさ、うまくいかないことっていっぱいあるよね」

「う、うん?」

「ふふ。ゴメン」

 今度は私が、ぱちぱちと瞬きをします。

 ティーナは優しい微笑みを浮かべました。カウンターからこちら側へ身を乗り出します。

「あのさ、そろそろ学園祭の時期でしょ? パンフってもう出てる? 今あったりする?」

「ん、あるよ! ちょうど今日もらったばっかり!」

 その話題になったことで、私はすっかりはぐらかされてしまいました。鞄の中からパンフレットを出してテーブルに広げて、それからは次の来客までの間ずっと、学園祭の話をしました。

 ティーナはニコニコと笑顔で、今年の予定や過去の学園祭の思い出を沢山聞かせてくれました。渦はティーナの胸の前に留まり、ほぼ静止しています。激しく揺れ動いたり、肥大化したりといったことはもうありませんでした。

「二人は来られないから、毎年わたしが見に行って教えてるの。今年はルミナとキラのクラスのことが一番のお土産話になるよ、きっと!」

 結局のところ彼女に何があったのかは一切わからず仕舞いだったのですけれど、私はすっかり胸を撫で下ろしていました。

 会計をしに来た人や新しく来店した人たちを何組か接客した後、一度裏へと引っ込んでからカウンター傍まで戻ってきたティーナの胸元には渦が見えなくなっていました。

 

「実はわたしも、話したいことがあるんだ」

 空になったグラスを下げてもらい、そろそろ店を出ようと考えていた時でした。改まって、ティーナが声をかけてきます。

「これ、二人からの預かり物。ルミナに会ったら渡してほしいって。寮の部屋番号がわからなくて送れなかったみたい」

 そう言って差し出されたのは、見覚えのあるパウダーブルーの長封筒。宛名や差出人の名前はなく、整った細い文字で、招待状、とだけ書かれています。

「来月、二人の誕生日会があるの。その招待状だよ。詳しいことは中に書いてあるから、帰ったら開けてみてね」

「あ! 見たことある! キラの部屋にも同じのあったよ!」

「……部屋、行ったの?」

「うん、学校の友達みんなで。キラの部屋ならいつでも片付いてるから急に大勢行っても大丈夫なんだって」

「何それー?」

 ティーナはクスクスと笑いました。

「あの子が手紙の返事をずっと待っていたのはね、そのパーティの日の都合はどうですかって聞いたところで返事が止まっちゃったからなんだよ」

「そうだったんだ。キラは会いに行った時に何も言ってなかったけど、ちゃんと答えたのかな」

「大丈夫だよ、行くって手紙来てたから。心配だったからわたしもちょっとだけ見ちゃった。キラには黙っててね」

 キラはあの後、顔を合わせての会話とは別に手紙でも返事をしていたようです。それを聞いて、彼はやはり几帳面な優しい人だと温かな気持ちになりました。

「パーティってティーナも来る?」

「当然! でもわたしはその日お仕事があるから、案内したりはできないかも」

「お仕事? ここのバイトとは違うの?」

「そ、ちょっとね。詳しくは内緒!」

 そう話すティーナは、仕事と言いながらも楽しそうです。何かサプライズを計画しているような含みのある笑顔でした。

「本当に私が行ってもいいのかな」

「ルミナに来てもらいたい、ってあの子たちが言ってるんだよ。他にも色んな人が来るから緊張するかもしれないけどさ、二人は友達として呼んだだけだからあんまり気負わないで。何も予定無かったら顔出してほしいな。わたしからも、お願い」

 スズライト家主催のパーティともなると、私には場違いなようにも思えるものです。しかしティーナは、貸し衣装もあるし美味しいご飯も出るし礼儀作法も厳しく気にする必要ないから、と二人の代弁をするように勧めてくれます。

 私も、メアリーとネビュラにまた会いたい気持ちや彼女たちの誕生日を祝いたい気持ちは確かにありました。そのパーティがどういった催しなのか想像がつかず、緊張や不安も同じくらい強いですけれど。感情が入り混じり、ドキドキします。

 キラにも今日のことを話して二人で一緒に行けば大丈夫かな、と考えながら、手紙を大事に鞄へ仕舞いました。

「わかったよ、来月だね! 帰ったら、二人に手紙出すよ」

「うん! よろしく! わたしも学園祭遊びに行くから、またね!」

 ティーナはほっと柔らかく頬を綻ばせます。帰り際には、以前と変わらず笑顔で手をひらひらと振ってくれました。

 

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