創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

74.もうすぐ

 静かな、授業中の教室。チョークが黒板を叩く硬い音と、鉛筆が紙をこするひそやかな音が交わり合っています。

 地学の男性教諭が黒板に板書をしていて、生徒たちはそれを黙々とノートに写していました。シザーだけは相変わらず、机の上に一切教材を置かず先生の後ろ姿を凝視していましたけれど。

 ミリーは、広げたノートと教科書の間に薄紅色の可愛らしい便箋を挟んで、ノートを取るフリをしながら手紙を書いていました。何行にも及ぶそれを書き終えると中身が見えないように小さく折り、隣の席のクラスメイトに耳打ちしながらそっと渡します。手紙は先生の目を盗んで、斜め前方に離れているエレナの席まで辿り着きました。

 手紙を読んだエレナは、ペンケースからウサギ柄のメモ帳を取り出して一枚切り離すと、ササッと返事を書いて二つ折りにします。

 ミリーの手元に、先生に咎められることなく無事に手紙が返ってきました。中を開いて目を通し、顔を上げると、振り向いていたエレナと目が合います。

 机の下でこっそりと拳を握って、柔らかく微笑むエレナ。

 ミリーは頷き、同じ仕草を返します。

 そんな二人のやり取りを、後方の席からルベリーがじっと見守っていました。

 

 各クラスの準備は大詰めを迎えていました。どこの教室も、段ボールにペンで色を塗った看板、小物、飾りなどが壁際やロッカーの上に並んでいます。

 この学園祭準備期間中に、ミリーたちのクラスではひと騒ぎありましたけれど、準備の進行と並行してそのわだかまりも解けつつあったようでした。

「使ってない色ペンまだある? 取ってきてくれね?」

「何色?」

「色っつーかケースごと全部――」

「……こ、これ」

「うおっ、早。いつの間に。ああルベリーさんか、ありがと」

「……うん。どういたしまして……」

 ガヤガヤとした教室内を、ルベリーは一人落ち着きなく往復しています。追加のダンボールや画用紙、粘着テープに接着剤、のりやハサミといった数々の道具をあちこちのグループに持って行ったり、作業に手を貸したりしているようです。

 彼女は他者の心の声が聞こえてくるという「能力」をうまく活用し、皆が要求を口に出す前に先読みして動いていたのでした。

 先回りをされた同級生たちは最初こそ困惑気味でありましたが、次第に気にならなくなっていったようです。ルベリーの表情はまだ少し硬く、目を合わせられる時間も短かったようですけれど、態度を軟化させ快く受け答えをしてくれるクラスメイトが何人もいました。そうして、ルベリーの緊張も徐々にほぐれていきました。

 元より、皆の仲が良い和やかなクラスなのです。たった一度のすれ違いが生じた程度で全てが崩れてしまうほど、脆い絆ではありませんでした。

 それでも、皆が同じ気持ちを抱いてこの場にいるのではないことをルベリーは知っています。あくまでも許されたのは自分ではないことも、全員に心から歓迎されているわけではないこともわかっています。だからこそ臆せず、怯まず、級友たちの元に歩み寄り続けていたのでした。そんなルベリーに向かって、表立って意地悪をする人はいませんでした。

「ねえ見て、これどうかしら!」

 横からエレナたちのグループがルベリーを呼びます。

 エレナとリーンが二人がかりで広げた大きな画用紙の中央に、クラスで出店するたこ焼き屋の店名がカラフルなペンで書いてありました。多様なタッチの、可愛らしい顔をしたタコのイラストも散りばめられています。

 笑顔の彼女たちに、安堵したような微笑みを浮かべながら近付いていきました。

「エレナさんが……描いたんですか?」

「いいえ、描いたのはほとんどみんなよ」

 エレナは後ろに振り向くと、並べた机の前に座った三人の友人に笑いかけます。彼女たちも笑顔を見せました。

「わたしはこの隅っこのタコ二匹だけ」

「……可愛い。上手です」

 軽く腰を折り、イラストに顔を近付けます。

 その途中でふと、何かに気が付いたように眉が上がって、瞳が揺れました。

 少々思い詰めたような様子で唇を結んだけれど、膝に乗せた手にぐっと力を込め、二人の奥で座っている女子生徒たちの方へ顔を上げます。

「あの。……私、この喋り方も、呼び方も……これから頑張って直していくから」

 エレナとリーンが並んで目を丸くすると、後方でボーイッシュなショートカットの一人がガタンと立ち上がって声を上げました。

「ご、ごめん! そんなつもりじゃないんだ! 私はただ、ちょっとよそよそしいって思っちゃっただけで、それが駄目だとか嫌だとかっていう意味じゃないよ! 無理に直してほしいわけでも……だから……!」

 心を読まれ慌てふためく彼女につられてルベリーもあたふたしながら、ブンブンと首を横に振ります。

「あ、いえっ、ちが、違うんです! その……ええと……私もそう思ってるから。人に言われたから……そう思われてるからじゃなくて。……私が、変わりたくて。慣れるのはまだ時間がかかるかもしれないけど……」

「ルベリーったらそんなこと考えてくれてたのね! わたしたちはいつだってウェルカムよ!」

 二人の間の空気を吹き飛ばすように、エレナの声が明るく飛び跳ねました。

「ぅ……えと……」

「コラ、困ってるでしょーが。ルベリーのペース考えなよ?」

 苦笑交じりでリーンが軽く抑えましたが、エレナは笑みを堪えられません。

「だって嬉しいんだもの! リーンだってそうでしょう?」

「あ、あたしは」

 パっと振り返ったエレナに、リーンはたじろぎます。

 惑った視線がルベリーとぶつかり、その琥珀色の瞳が揺れました。リーンは目を逸らしてそっぽを向くと、照れ隠しのように唇を尖らせます。

「……まあ、何だっていいわよ、別に。はっきりしてよね」

「う、うん……ごめ、あ、いえ……その、ありがとう」

「何でそこでお礼なのよ。変なの」

 言いながら、リーンの口元は少し綻びました。

 ありがとうと言い直したとき、ルベリーはどんな気持ちだったのでしょう。

 リーンの心がどのように聞こえていたのかは、彼女たちしか知りません。

 けれど、あの時ルベリーもリーンも優しい表情をしていたと、すぐ傍で二人を見ていたエレナは感じたそうでした。

 

 掃除の後の放課後、学園祭の日のミリーの都合を聞くために私とネフィリーが向かうと、多くの生徒はまだ下校せずに残って談笑していました。ミリーは窓際の方でルベリーやエレナと一緒にいます。皆の手には配られたばかりのパンフレットがあり、こちらでも私たちのクラスと同様に盛り上がっていたようです。

 私はミリーと共に二人のことも呼んで、それぞれの学園祭当日の日程を尋ねました。

「シフト? そっか、シフト……んっと、ワタシは午前中なら空いてる! お昼から先は、その、ちょっと確認しないと」

 都合を尋ねた時、ミリーはきちんと把握していなかったのか、どこか歯切れの悪い様子でした。一度エレナと無言で顔を見合わせた後、「とりあえず午前中は本当に大丈夫だから!」とだけ念を押します。

 エレナは実行委員の仕事があり、午前は来場者受付、午後はステージの司会進行役を務めるため、私たちと出店を見て回るのは難しいとのことでした。

「そっか。でも、午後のステージはクラスの友達が出るから見に行くよ! そこにエレナもいるんだね?」

「そうね、ちょっと緊張しちゃうわ」

 この頃の実行委員は毎日忙しそうでしたが、それ以上に充実していたのでしょう。傍目にはその苦労を感じさせないほどエレナは楽しそうな笑顔で、生き生きとしていました。

 ルベリーはまだ、どうするのか決めかねているそうでした。楽しみな気持ちはあるものの、やはり自身の「能力」を思うと簡単には考えられず、不安も大きいようです。遠慮がちに目を伏せます。

「こ、この前のことがあってから……何だか少し、聞こえる音は遠くなった気がする……。けど、ずっと心の声が聞こえてるのは変わらないから、ごめ……ううん、ええと、でも……私なんかのこと誘ってくれて、嬉しかった……です」

 楽しめるといいね、と声をかけると微笑みを浮かべ、こくりと淑やかに頷きました。

 そうして、私とネフィリーとミリーとの三人で行動することで話はまとまったのです。

 私はこの後ティーナへ会いに喫茶店へ向かったのですが、どうやら皆も真っ直ぐに帰宅はしなかった模様でした。ネフィリーとルベリーはそれぞれのクラスに残り、出店の準備の続きを。エレナは講堂で、ステージ発表のリハーサルの立ち合いに。

 ミリーはというと、何故かエレナと共に講堂へ行くようでした。疑問に思って訳を尋ねると、ミリーではなくエレナが答えます。

「ミリーは去年のステージ裏のこと知ってるから、参考にしたくって」

 そう言った直後にエレナが無言で目配せをし、それを受けたルベリーが困ったように顔を背けた様子だったのが、少々気になりました。

 

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