創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

83.学園祭の始まり(2)

 校外からの来客を案内する学園祭実行委員の生徒は、各クラスTシャツではなく制服を目印として着ています。エレナは朝一番の案内係を担当するので、正門の横に設営された小さなテント付きの受付席で待機していました。

 群青色の屋根が日光を遮り、ちょうどいい気温と爽やかな風でテントの下は快適です。椅子の背もたれによりかかり、斜め上方に覗く晴天の空へ向かって軽く伸びをします。サラサラの髪が揺れ、手首に巻いたシュシュの柄と同じレモンの形をした髪飾りがキラリと日差しを反射して光りました。

 実行委員の仲間が、校内から配布用のパンフレットを持ってきます。机の上にそのまま置いていましたが、危うく風に飛ばされそうになったため上からペンケースを乗せて押さえることにしました。

 

「全校生徒の皆さん、ご来場の皆さん! お待たせしました! これより、スズライト魔法学校の学園祭が開催となります! 最後まで楽しんでいってくださいねー!」

 

 アナウンスを終え、口元に近付けていた杖を離してふうっと息をつきます。待機していた来場者たちがぞろぞろと動き出しました。

 持ち場へ解散していく委員会の皆に手を振って別れ、お客さんの案内を始めます。しばらくすると学校の中からも一般生徒が屋台を見に出てきて、外はガヤガヤと賑わってきました。

 エレナは持ち前の明るさと要領の良さでテキパキと来場者への応対を続けますが、その切れ間にふと、ルベリーのことが頭をよぎります。エレナは朝から委員会の仕事に就いていたため、この日はまだほとんど彼女と顔を合わせていません。開会セレモニーの際に一旦教室へ戻ったときのみで、きちんと話をする間もありませんでした。

 ルベリーにはこの少し後の時間に、キッチンの担当を任せています。不特定多数の人との接触が多いフロア担当は避け、最も混雑する昼食の時間帯からもずらしてはいるけれど、それでも本当に問題がないのか不安が残っていました。

「あのっ、パンフレットもらえますか」

「! ごめんなさい、今渡すわ」

 意識がそちらに向いていたせいで、来場者の方から先に声をかけられてしまいます。すぐに重しのペンケースをよけて、気を引き締めました。

 エレナを呼んだのは、ベージュがかった淡い金髪の小さな男の子です。背伸びして机の下から顔を出しています。その背後には父親と母親らしき大人が二名並んでいて、男性の方は少々表情が硬く、眼鏡をかけた女性の方は対照的に柔らかい雰囲気です。三人とも、よく似た琥珀色の瞳をしていました。

「ご両親と一緒なのね? 二部あった方がいいかしら?」

「一つで大丈夫です」

「はい、どうぞ。中に入るときはあそこから、靴箱でスリッパを受け取って履き替えてね」

「ありがとうございます」

 男の子は自分一人ではっきりと受け答えをして、去り際にはぺこりと可愛らしくお辞儀をしていきました。後ろに立っていた両親はその一部始終を黙って見届けてから、エレナに会釈していきます。男の子が着ている襟付きの青シャツは子供服ながら質が高そうで、育ちの良い印象を受けました。

 三人は受付から少し離れたところで向かい合い、男の子が捲るパンフレットを一緒に覗き込みます。

「えっと、えっとね……あっ、あったよ、外じゃなかった」

 パッと顔を上げた男の子は、両親にそのページを広げて見せました。それからは脇目も振らずに、先程エレナが指した靴箱へと真っ直ぐに進んでいきます。

 生徒の父兄なのだろうと思い、微笑ましいその様子に胸が温まる気持ちで、エレナは一家の後ろ姿を送りました。

 

「エレナちゃん、交代の時間だよ」

「あら、おかえり! もうそんな時間だったのね」

 校庭側から制服姿の女子生徒がやってきて、テントの中に入ってきました。椅子に座ったまま振り返ったエレナは驚いた顔をします。頬を綻ばせた女子生徒の口元から、ちらりと八重歯が覗きました。

 席を替わりながら、エレナは立ち上がりざまに彼女の耳元へ向けてこそっと話しかけます。

「例の彼のことは誘えたのかしら?」

「えっ。ま、まあその、フォークダンスの約束は……したよ」

「きゃー♪ やるじゃないっ、ジェシカ!」

 エレナが黄色い歓声を上げると同時に、ジェシカは肩を縮め込ませ困ったような笑みを浮かべて俯きました。

 ぐっと体を捻り、両手を前に突き出してエレナを外へ追いやるような仕草をします。

「ほら、はいっ、行ってらっしゃい!」

「頑張ってね、色々!」

「もう! 時間過ぎてるから!」

「うふふ!」

 気恥ずかしそうな慌て声に含み笑いを返し、エレナはぱたぱたと小走りで逃げ去りました。

 

 学園祭当日の、実行委員の仕事は以下の通りです。

 今しがたエレナが終えてきた来客受付。講堂で一日通して行われているステージ発表の司会進行、照明係など。これらは、パンフレット制作のリーダーのような大きな仕事を準備期間中に担当していない生徒が主に任されています。それに関わらず全員行うのが、会場内で問題が起きていないか巡回する業務でした。

 受付とステージの司会進行役の二つを任されているエレナにとっては、実質的にこの見回りが休憩時間も兼ねているようなものです。あくまでも委員会の業務だという名目上、無関係な友人を連れ立って回ることはできませんけれど。

 エレナはまず、ぐるりと校庭を一回りしてきました。飲食系の屋台が立ち並び、様々な食べ物の匂いを乗せた仄かに煙たい風が空腹感を刺激してきます。グラウンド中央には、後夜祭のキャンプファイア用の木が事前に組んでありました。まだ火は灯されていませんが、待ち合わせの目印や一休みの場所として使っている人々がいます。皆の楽しげな顔つきに、エレナも笑みを浮かべて嬉しそうです。

 屋台周辺を一周して、次は中へ入ろうとしたとき、外履きのスニーカーに履き替えているキラに会いました。

「一人なの?」

「少し並ぶから先行ってろって」

 そう話すキラの後ろに、唐揚げ入りの紙コップを両手に持ったレルズが見えます。彼のクラスのお化け屋敷の衣装を着ていて、首から下を包んでいる長いマントは黒一色です。

 エレナに気付くと、はっきりと顔をしかめました。

「待たせたな、キラ! もうすぐ後の二人も……って、うげ」

「何よそのリアクション。傷ついちゃうわ」

「嘘くせーなー」

 エレナは左右をキョロキョロと見て、他の生徒の姿を探します。誰の姿も無いようです。

「シザーは……いなさそうね」

 二人は小声で呟いた彼女の思惑を察して、同じように声量を落とします。

「また今年もやってるのか。懲りないな」

「ええ、諦めないわよ。今は単に委員会の見回りだけど。どの辺にいるか心当たりないかしら?」

「オレは何も」

「俺も知らねー。……シザーさんにはシザーさんの考えがあんだよ。だからあんま邪魔すんなって……」

 そう抗議していても、彼の目は寂しげです。だんだんと声もすぼんでいきます。エレナでなくとも、それが本心でないとはわかったことでしょう。

「強がっちゃって。バレバレよ」

 レルズが言葉を詰まらせます。キラは黙っていました。

 少しして、もう二名の男子生徒が彼らと合流します。皆、昨年同じクラスだった友達同士です。短く他愛ない挨拶を交わしてからキラたちは校庭へ、エレナは反対に校舎内へと向かいます。

 途中でレルズが立ち止まって振り向き、エレナを呼び止めました。

「エレナ。あのさ、実行委員の……」

「ん?」

「……や、やっぱ何でもねーや」

 何かを言いかけましたが、口をつぐんで行ってしまいます。

 彼の姿はすぐに人の影へ埋もれて、見えなくなっていきました。