創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

107.夢のあとに

 閉会式が終わり、生徒たちが各自の教室へ向かいます。この間、花束を抱えたミリーは列近くのクラスメイトたちにずっと囲まれていました。

 教室へ入ってすぐ、受付の机の裏にある沢山のプレゼントを見下ろし、笑顔で話しながら戻ってきたミリーは足を止めます。

「こういうのって、一旦事務所通して中身チェックしたりするの?」

「いっぱい増えたね! さっき一個くらいもらっちゃってもバレなかったかも」

「コラ」

「あはは」

 ミリーは笑う皆に合わせて苦笑しながら、身を屈めます。

「でも、本当にいっぱい……大丈夫かなぁ……」

 足元には空色のサテンリボンが結ばれた紙袋があり、二つ折りのメッセージカードが差し込んでありました。眩しいイエローが目に留まります。

 抜き取って広げると、ラメが入ってキラキラとしたライムグリーン色のインクでこのように綴られていました。

 

 ――おつかれさま! がんばったね!

 ――これからもずっと、応援してるよ!

 

 サラッとした筆跡の細い文字、その周囲を彩るように、鮮やかな青色の小さな星が散りばめられています。

 ミリーは意表を突かれたように目を大きく開け、その後ゆっくりと、表情を和らげました。

 

 皆は教室の片付けを始めました。ミリーのもらった花束は彼女の希望で教室内に飾ることになり、一時的にロッカーの上に置かれています。

 クラスメイトが動き回っている中、シザーはキッチン側の裏手に置いてあった自分の荷物を回収してさっさと廊下に出ようとしていました。それにエレナが目ざとく気が付いて、遠くから手を伸ばします。

 しかしエレナが呼び止めるよりも前に、シザーは扉の前でぴたりと足を止めました。

 シザーが向かおうとしていた方向からギアー先生が顔を出します。

「おっと。楽しかったかい?」

「………」

 掃除の手伝いをせずに帰ろうとしているのが明らかなシザーを見ても、先生は何も咎めません。一言だけ問いを投げかけて、返事を待たずにシザーの横をするりと抜けて教室の中へ入ってきます。睨まれていることも一切気に留めていませんでした。

 シザーはその場に立ち止まり、先生の動きを注視しています。

「全員いるね。掃除の前に少しいい?」

 先生はホームルームを始めるように教卓の前で立ち止まり、皆が注目したのを確認すると、指示棒のような杖を持った右手を教卓の上で一振りしました。

 転移の煙に包まれ、ずっしりと重そうな音を立てて段ボール箱が現れます。

「さあ、どうぞ。先生のおごりで差し入れだ」

 中に詰まっていたのは、人数分のオレンジゼリーでした。片手の手のひらに収まるくらいの大きさで、よく冷えています。

「さすが先生! 太っ腹ー!」

「神!」

 生徒たちが、作業を中断してワッと群がりました。ギアー先生はニコニコと笑顔で箱からゼリーとスプーンを取り出し、一人一人に配っていきます。

 シザーが立ち止まったまま先生の動きを観察しているのを確認し、エレナも教卓に向かいました。

 自然な動作で先生側に立とうとしましたが、サクランボ柄のシュシュを巻いた腕が伸びてきてそれを制止しました。

「はい、エレナの分」

「あ、ありがと。リーン」

「こんなときくらい働くのやめなさいよ、実行委員さん」

「そうだね。エレナさんにはクラスのことをほとんど任せきりにしてしまってすまなかった。よく頑張りました、お疲れ様」

 何も言わずとも、配布の手伝いをしようとしたのは見抜かれていた模様です。二人の言葉に、エレナは少し照れくさそうな笑みを零します。それを少し離れた後方で見守っていたルベリーの表情もまた、穏やかでした。

 ルベリーは皆に行き渡って周辺が空くのを待っているようです。先生と手分けしてゼリーを配っていたリーンが途中でその姿を見つけ、一度はためらいを見せつつも傍まで持ってきてくれました。

 快く受け取ったルベリーでしたが、言いにくそうにおずおずと口を開きます。

「ええと……ありがとう。でも、あの……これ、人に渡してきてもいいですか……?」

「えっ、ごめん、苦手だった?」

「い、いえ、その、違うんです、すみません。ゼリーは好きです……そ、そうじゃなくて……」

 口ごもりながら、ルベリーの視線はリーンの横を抜けて扉の方へ向いていました。追いかけて振り返り、その先に立っている人物に気付きます。確かめるように向き直ったリーンの顔にははっきりと、戸惑いが広がっていました。

 ですがルベリーはこくりと頷き、顔を真っ直ぐに上げて彼の元に一人で近付いていきます。近くにいた他の生徒も、何人かはその意図を察して動向を見守っていました。

 先生へ向けたままの視界に横から入り込む形で、シザーの前に立ちます。

「……シザーくん」

 彼は一瞬目を見開いて動揺を露わにしましたが、すぐに顔つきを引き締めて鞄を持つ手を握り締めました。

 ルベリーがシザーへ声をかけたのを、クラス中の皆が心配や緊張の滲む面持ちで見ています。エレナとミリーも同様に手を止めて、シザーの顔色を窺っていました。

 二人を気にする素振りを見せていないのはギアー先生ただ一人です。先生だけはそちらへ目もくれずに薄い微笑みを浮かべ、残り少なくなったゼリーを外に出して空にした段ボールを畳み始めています。その行動はまるで、あえて二人を見ないようにしているかのようにも映りました。

 シザーもルベリーも互いに無言のまま、数秒ほど見つめ合います。皆も口を挟みません。

 クラスメイトの胸の内にはどんな思いが渦巻き、それをルベリーはどんな思いで受け止めていたのでしょう。

 シザーは心の中でルベリーに何を訴えかけていたのでしょう。

 午後の出来事によって、同じ時間帯に当番をしていた生徒たちは少なくとも、シザーへの印象が少し変化していました。シザーはすぐに今まで通りの態度へ戻ってしまったけれど、借り物のエプロンと三角巾を身に付けてせっせとたこ焼きを焼き上げる姿には普段のような近寄り難さが見られなかったのでした。

 その現場にルベリーは居合わせていませんが、シザー自身も含めた皆の心から流れ込んでくる思いの数々が、彼女にこの行動をさせるに至ったのです。

「……シザーくんも、一緒に食べよう」

 両手を添えて、ゼリーをそっと差し出します。

 堂々と目を見て、背筋を伸ばして。少しばかり強張ってはいるけれど、微笑みを向け続けて。

 シザーは目を落としたまま黙りこくって、なかなかもらおうとしませんでした。床を睨みつけるようにしながら、その目線は左右に揺れていました。

「そんなんじゃ駄目だよー、ルベリーさん」

「えっ……」

 二人の間の沈黙を破ったのは、ルベリーの斜め後ろからずっと様子を見ていた一人の男子生徒でした。

「ほら、大人しくもらっとけって」

「!」

 彼はルベリーの手からひょいっとゼリーを取ると、流れるような動きでシザーの空いている手に強引に持たせます。

 それを皮切りに、周りの生徒たちも男女共にわいわいと集まってきました。

「シザーのたこ焼き捌きは凄かったな! マジ助かった!」

「何の話?」

「え、手伝い来たの? いつ?」

「……! ほっとけ!」

「あ! 逃げた!」

 無理矢理ゼリーを手渡された状態で固まっていたシザーは、バッと声を上げると皆に背を向けて廊下へ飛び出していきました。

 変わらず先生だけは扉側を見ようとしないけれど、その賑わいが耳に入っていないはずはありません。眼鏡の奥の目を細め、口元を綻ばせていました。

 シザーを囃し立てて賑やかになる扉付近の光景が、エレナの瞳に映ります。振り向くと、先程まで室内に漂っていた緊張感はすっかり鳴りを潜めていました。

 このとき教室には、確かにクラス全員が揃っていました。皆が同じ思いを胸に抱いていました。

 以前シザーに「クラス全員が揃ってほしい」と自身の願いを伝えていたエレナ。それはルベリーのためを思っての願望です。しかし実際にシザーを引き止めてこの教室を一つにしたのは、ルベリーでした。

 振り向いた先でエレナとミリーの目が合います。

 どちらともなく、二人はクスクスと笑みを零しました。

 開放された窓から、爽やかで柔らかな秋風が吹き込んできます。ロッカーの上の花束が、丸く優しい橙色の明かりをゆらゆらと揺らしました。