創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

104.gift&blessing(6)

 レルズ君が去った後も、しばらく教室の光景を見ることができた。

 会いに来てくれたみんなの笑顔と応援の言葉、そうしたものから溢れ出すエネルギーが、パリアンさんの眼を通してワタシに伝わってくる。

 時々、差し入れも手渡されていた。何のためらいもなく全て受け取ってしまうパリアンさんにワタシは焦り、もらう前に中身ちゃんと確認しなきゃダメだよって言いたくなったけど、それすらも緊張した心をほぐすエッセンスだ。仕方ないなぁ、って、笑みが零れた。

 ワタシを飲み込もうとしていた暗い夜のような闇は、もうすっかり晴れていたみたいだった。

 ラストオーダーを聞いてキッチンへ伝えに行くところで、ぶつっと映像が切れた。いつの間にか相当見入っていたらしく、一気に現実へと意識を引き戻される。

 白い光が消えて淀みの塊に戻った球体は、バレッドさんの手のひらの上で萎んでフッと空気に溶けるように消えた。

 バレッドさんがじっとこっちを見ていた。ワタシが気付いてなかっただけで、本当はずっと前から見られ続けていたのかも。無防備な顔を間近に見られていて、ちょっと恥ずかしい。

 真正面からワタシを見据えたまま、僅かに首を横に傾ける。その動きに合わせてバレッドさんの長い前髪がサラッと流れて、切れ長の目が覗いた。

 その目元は、心なしかほんのちょっと優しげな感じがする。

 前に睨まれたときはもっと眉間に皺が寄っていて、眼光も鋭くって、怖かった。でも今は、ワタシの勘違いじゃなければあのときよりも少し、本当に少しだけだけど、柔らかい印象を受けた。

 今の魔法は何だったのか、どうやったのか、わからないことしかないけど……ひょっとして、ワタシを元気づけようとして見せてくれたんだろうか。パリアンさんが一緒だったら、答え合わせができたかなぁ。

 バレッドさんは唇を固く結んだままワタシを凝視し続けている。こっちが何か喋るか動くかリアクションを取るまで、ずっとそうしていそうな気配さえ感じた。

 と、思いきや、突然バチバチッと瞬きをして視線を落とし、空っぽの左手を見下ろしてピクリとも動かなくなった。

「………」

 それでワタシもはたと気付く。

 杖、持ってない。

 それに、呪文を唱えたりもしてなかった。

 さっきしていたことといえば、顔の前に右手を広げただけ。

 たったそれだけで魔法が使えるなんて、授業でも聞いたことがない。

 バレッドさんは何をしたの? あれは一体何だったの? やっぱり、この人ってルベリーと同じ半霊族……?

 固まってしまったその顔色を窺おうとしたのと、バレッドさんが深く溜息を吐いたタイミングが重なった。

 ガシガシと不機嫌に頭を掻きながら立ち上がる。ポケットに突っ込んだ手から、小さく縮んだいつもの杖が出てきた。

「……マジだりぃ」

 一言、それだけ言い放つ。

 言い訳も何もしないのは、多分、面倒だから……かな。

「時間だ」

 今日一番のドスの効いた声でそう告げて、元の大きさに戻した長杖をガンッと床に力強く叩きつける。ワタシが身をすくませるのも、支度がまだなのも全く構わずに口の中でもごもご呪文を言い始めたから、「待ってください!」と慌てて遮った。

 立ち上がり、パリアンさんが持ってきてくれたタオルや置きっぱなしのドリンクを取りに行く。その背後から素っ気ない声が飛んできた。

「ここからは一人で行け」

「え? ワ、ワタシ一人ってこと? バレッドさんは来ないんですか……?」

「行かねえ」

 返ってくるのも、最低限の短い言葉だけ。

 ワタシはてっきり、パリアンさんと合流するために学校まで一緒に来るのだと思っていた。でも、どうやらそれは違ったらしい。

 振り向くと、バレッドさんの杖は既に十分な光を湛えていた。ワタシを置いて彼だけが先にいなくなってもおかしくない。面倒くさくて早く帰りたがっているのは、きっと本心だ。

 本当にここでお別れなら、その前に短い時間だけでも話がしたいと思った。

 ワタシは荷物を取り、彼の目の前に立って見上げる。

 今日起こった様々な出来事への疑問を投げかけても、バレッドさんはいつものように何も話さないだろう。それに、もし答えてくれたとしても、それはワタシが知る必要のある話じゃないと思う。

 だからこれから言うのは彼に聞きたいことじゃなくて、彼へ伝えたいこと。

 口にすれば、とってもシンプルな思いだけど。それでも、伝えることは大事だから。伝えればよかった、って後悔することになるのはもう嫌だから。ワタシがそうしたいと思うから。

「ありがとうございました、バレッドさん」

 目いっぱいの笑顔を向けて、深々とお辞儀をする。

 今日だけの話じゃない。パリアンさんに連れられて相談をしに行ったあの日からずっと、バレッドさんはワタシの力になり続けてくれていたんだ。

 だけど、ワタシはバレッドさんへ何も返せていない。本当はライブまで見届けていってもらって、その歌がお礼になればいいんだけど、バレッドさんはそれで喜ぶ人じゃなさそう。

 この感謝は、ただ純粋に言葉にして伝えるしかない。他の方法はもうわからない。

 顔を上げると、バレッドさんは横向きに顔を背けて静かにぽつりと呟いた。

「……礼はアイツに言え」

「アイツ?」

「………」

 それきり、また口を閉ざしてしまう。

 けど、パリアンさんのことかな、って直感した。

 ほぼ半日バレッドさんと一緒に行動してきて、そんなにいっぱい話ができたわけじゃないし、ますます謎が深まったことの方が多かったかもだけど、どんな人なのかちょっとだけ掴めた気がする。

 全然喋らないし、表情は変わらないし、何を考えているのかわからなくて、不思議で謎めいていて、不気味に感じることも時々あるけど。

 本当は、優しい人かもしれない。

 パリアンさんがずっと言っているように。

 でもそれはパリアンさんがそう信じて、頼って、慕っているからじゃないのかな。

 ワタシの見立てだと……もしかしたらこの人って、パリアンさんのことが大好きなんじゃない?

 いつもパリアンさんばかり一方的に猛アタックしているみたいだけど、実はバレッドさんの方もまんざらでもないんじゃないかな?

 ずっと不思議だった。面倒がりな性格でワタシの友達でもないバレッドさんが、どうしてここまで付き合ってくれたのか。

 その答えは、パリアンさんの頼みだから?

 そう考えるのがワタシの中では一番納得のいく理由だった。

「………」

 何か言おうとしているのか、バレッドさんは閉じた唇の端をちょっぴりピクピクさせていた。だけど結局、何も言わなかった。

「それでも、ワタシはバレッドさんにもお礼を言いたいです。いっぱい協力してくれて、ありがとうございました! また今度、お店に遊びに行ってもいいですか? ちゃんとお礼したいので!」

「………」

 呆れたみたいに、バレッドさんは無言で腰に手を当てて息を吐く。

 本当に嫌なときや駄目なときは、バレッドさんははっきり言うはず。だからこの沈黙は拒絶じゃないって、わかるようになっていた。

 杖の光が広がって視界を包み込む。

 その温かさを感じながら微笑みを浮かべて、目を閉じた。

 

 物置のような、暗くて狭い部屋に着く。

 今度はちゃんと見覚えのある場所で、講堂の舞台袖だった。ステージカーテンの影の中だ。日中の発表で使った物と思われる模造紙や段ボールの小道具が隅に固めて置いてある。大勢の人がザワザワしているのが漏れ聞こえてきていた。

 

「ただ今をもちまして、スズライト魔法学校の学園祭は終了です。この後は講堂でエンディングセレモニーが行われます。全校生徒、及びお時間のある方は、講堂へお集まりください。本日はご来場ありがとうございました」

 

 ワタシの頭上で、模擬店の営業時間が全て終了したことを知らせるアナウンスが大音量で鳴る。階段を二段だけ登ってステージを覗くと、幕は一番下まで下ろされていて備品の類も綺麗さっぱり片付いていた。

 反対側の舞台袖近くに、台本を手にして立つエレナの横姿がある。ワタシが移動してきたところは見ていなさそうだ。元々の計画だと、最後の発表者が舞台を降りて委員会の人たちだけになった後にここへ来て用意する段取りになっていた。

 エレナがワタシに気付いて、小走りで駆け寄ってくる。カーテンの向こうに聞こえないように、お互い控えめに声を掛け合った。

「ミリー! 見つからないで来れた?」

「う、うん。今どんな感じ?」

「こっちは準備オッケーよ。あとはミリーの準備ね。順調だわ!」

 エレナの安心した様子が、他に何の問題も起きていないことを物語っている。

 ワタシのフリをしたパリアンさんが今どこで何をしているのかはわからないけど、あっちもうまくやってくれたはずだろう。二人を信じ、ワタシはすぐに支度を始めた。

 姿を変える魔法の応用で、服だけを変化させて着替える。応用なんて言うと難しそうに聞こえるけど、やることはほとんどいつも通り。その服を着ている自分自身の姿をイメージして、描く。全身を変えるよりも簡単なくらい。

 この衣装は、今から歌うデビュー曲のときのもの。可愛いデザインでワタシ自身も気に入っているけど、現物はもうサイズが合わなくて着れなくなってしまった。

 実際に着替えてみて、初めて気付く。

 そっか、こうすると思い出の服をいつでも再現して着ることができるんだね。

 ワタシはこの魔法のことが好きじゃないけど、人を騙したりするんじゃなくってそういう使い方をするんだったら素敵な魔法だって思える。誰もがこんな風に使っていたのなら、実は禁術扱いして嫌う必要なんてなかったものなのかもしれない。

「まあ、便利ね。わたしもやってみたいわ。パルティナ先生に聞いたら詳しく教えてもらえるかしら?」

 ワタシが衣装を変えるのを興味深そうに見て、エレナは弾んだ口調で言っていた。