創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

番外07.スティンヴの花束

 このぼくが本気で手を貸したのだから、一位になって当然だ。

 華々しい表彰の場に出る代表者を薦められ、それも引き受けた。この勝利の立役者がぼくだということはクラスのメンバーも理解しているらしい。

 ぼくの完璧な執事らしい着こなしと立ち振る舞いが評判を呼んだ。同級生には接客態度の手本を見せてやった。全ての客を満足させ、ぼく目当てで生じた行列も捌き切ってみせた。

 ぼくの後をちゃんと着いてこれた奴らにも、丁寧で統一感のある内装を作り上げた奴らにも、誇るべき功績がある。間違いなく総合的なクオリティでも一位だ。なるべくして勝ち取った順位だと自負していた。

 学園祭の模擬店で一番に選ばれたクラスの代表として、全校生徒と一般客の前に登壇する。ぼくの横に並び立ったのは二人。一人は、有志パフォーマンス部門で一位を取った演劇の主役をやった上級生。もう一人は、サプライズでライブを行ったアイドルのミリーだ。ミリーは投票とは関係なく特例らしかった。

 名を呼ばれてからもステージ下でもたついているミリーが不可解で、声をかける。

「嬉しくないのか? 今日一番だったのは誰が見たってあんただ。素直に受け取ればいいじゃないか」

「えっ」

「何?」

 何故だか目を丸くしていた。ぼくはただ思った通りに褒めただけなのに、その顔は何なんだ。おかしなことは言ってないだろ。

 ぼくらの後に壇を上がってきたのはネフィリーだった。長机の上に用意された三つの花束が一人ずつ手渡しされていく。まずは上級生へ渡されて、ぼくの番はその次だった。

 体の前に花束を抱いたネフィリーがぼくの正面に立つ。オレンジ色に発光しているコミナライトの花は、春先からネフィリーが育て続けていた花だ。途中からはぼくも世話を手伝った。

 この花束を作る係が割り振られていたのは、ぼくらのクラスだ。つまり自分が育てた花で自分が作った花束。それが自分の手に回ってきたことになる。結果だけ見れば、まるで自分自身に祝われたようなものだ。

 ネフィリーがぼくに花束を差し出した。

 受け取りまで自分でやる羽目にならなかっただけマシか。

 花束の中心でコミナライトの花弁が微弱な光を放っている。オレンジの光とステージの照明が映り込んだネフィリーの瞳もまた、輝いて見えた。

「おめでとう」

「ぼくが本気を出せばこれくらい余裕に決まってる」

 手渡されながらそう返すと、ネフィリーはクスリと微笑んで次の花束を取りに戻っていった。いつもと違って凝った二つ結びにしたエメラルドの髪が、緩やかなウェーブを描いてなびく。

 やけにあっさりと終わってしまった。

 少しばかり喋り足りなく感じたが、湧き上がる拍手と歓声ですぐに気を紛らわせた。

 大勢の観衆の前で大々的に称えられるのは気分がいい。そのぼくの最も傍にいるのがこいつだというのも、悪くない。

 だが同時に、微妙にすっきりしない気持ちも残った。それが物足りなさかと言われると、少し違う気がする。

 この時間をぼく一人で独占していたかった、そんな感情を覚えた。

 ぼくらしくもない。初めての思いだった。

 

 最後の一つはミリーの分の花束だ。ぼくたちのクラスで作ったのは二つだけだった。一つだけ秘密にしていたか、後から増やしたかのどちらかだろう。

 ぼくは「ミリー」というアイドルのことを何も知らない。特に知りたいとも思ってはいない。ライブに参加したことはないし、興味を持ったことも正直なかった。だから今日初めてそれを見た。

 だが、ぼくにはわかる。具体的にどれくらい期間が空いていたのかは知らないが、並大抵の努力ではあれだけの立ち回りを演じることは到底不可能だと。

 現在は活動休止中だと本人は言っていた。しかしあれは、ずっと休んでいた人間が昨日の今日で可能なパフォーマンスじゃない。たとえ過去の積み重ねがあるとしてもだ。ぼくは歌や音楽には明るくないが、運動でも勉強でも何でも同じことだろう。

 活動休止と言いながら、実際はこの日のために影でかなりの研鑽を重ねてきたに違いない。たった一曲の歌唱でぼくにそう思わせるだけの力がミリーには伴っていた。

 上辺の知名度と人気のみをいいように使ったあのクラスの売り方はダサいが、そうしたくなるだけの実力とカリスマがミリーにあることは理解できた。努力は報いられるべきであり、相応の結果を出したのなら認められるべきだ。

 表面的には、実行委員の一存でミリーが贔屓されているかのように見えたことかもしれない。だがぼくには何の異論もなかった。

 当のミリー自身は尚も遠慮して、なかなか花束をもらおうとしない。するとネフィリーが業を煮やした様子で、迷っている空の手を握り強引に受け取らせた。

 その行動を見てぼくはつい少し笑みをこぼしてしまった。

 あいつは何なんだろうな。単に普段は猫を被っているだけなのか。それにしては詰めが甘いというか、今のように容易く仮面が剥がれて素顔が垣間見える。隙だらけだ。そのくせ人に頼るのは下手で不器用な、放っておけない気になるような、変な奴。

 花束を持たされたミリーが、感極まったのか涙を零している。ネフィリーは微笑み、何か声をかけた。整列した生徒の拍手の音やざわめきに掻き消されて会話は聞こえてこないが、最後には二人とも笑い合っていた。

 淡く発光する橙の花とスポットライトが、ミリーを照らしている。

 舞台の主役はそっちだろう。

 だがその光は同時にネフィリーにも当たっていて、視界の隅に映るその横顔へぼくの目は無意識に惹きつけられていた。

 そこに花があるせいだ。

 花が好きだと語っていたからだ。

 だから花の印象に引きずられただけ。

 綺麗だと思ったのは、花束と光の方のことだ。

 

 教室に花束を持ち帰る。片付け前の教室はまだ屋敷を模した様相で、レースのカーテンやテーブルクロスがそのままだ。適当に、飾りの造花の横に並べて置いた。

 底がしっかりしていてこのままでも自立する形だから、花瓶を用意して移し替えたりせずともこのまま置いておける。そうなるように作った。昼間や明かりの下だとコミナライトの光は目立たないが、他の花と比べて大きめの花弁はそれだけで存在感がある。白一色で整えられた教室にポンと咲いたオレンジは華やかだった。

 やっぱり花は咲いてこそ意味がある。咲かなければ見向きもされない。花を咲かせていなければこの一輪はここにいないのだから。

 花束の中で、ぼくの目に映るのはコミナライトの花だけだった。

 夏の間、ぼくは朝や夕方に中庭の花壇の面倒を見に行っていた。それが癖になり、夏休み明けの登校日も朝早く来て様子を見に行くのが決まりのように馴染んでしまっていた。時には、本来の世話係のネフィリーよりぼくの方が早く到着することすらあった。

 数か月間育てていたコミナライトの花がようやく咲いたのは、学園祭当日の一週間前だ。前日はぴたっと閉じていた蕾の先が数センチ膨らんで開いているのを、朝一番にぼくとネフィリーの二人で確認した。

 明るい空の下だから花そのものは光っていないが、薄い花びらは陽の光を透かしている。柔らかい朝日が朝露に反射した姿は十分に光って見えた。

『今くらいの季節に似合う花だね』

『……どういう意味?』

『ううん……何でもない。ちゃんと咲いたこと、後でパルティナ先生に報告しないと。クラスも違うのに今日まで手伝ってくれてありがとう』

 ネフィリーが和やかな雰囲気でぼくに笑いかけてそう言ったとき。それは喜んで受け取るべき感謝の言葉だったのに、ぼくは言葉を返すことができなかった。

 その笑顔に突き放されたかのように感じた。用済みだと告げるような響きを持ってぼくの耳には届いた。

 ぼくは馬鹿じゃない。夏が過ぎ、全ての蕾が重く頭をもたげ始めた頃にはとっくに想像がついていた。もし時間が止まったならと、無意味な仮定も時には頭に浮かんでいた。その意味と理由を深く考えたくなくて、目を逸らした。

 学校でぼくらを繋ぐものは、この中庭で流れる時間しかない。クラスも趣味も異なるぼくらはこの花壇でしか接点を持つことがない。学校からホウキレースの場へ出れば、今度はゼクスの存在がつきまとって邪魔をする。認めたくはないが、ぼくは未だに奴に敵わない。

 花開いた日の翌朝も花壇を見に行ったが、ネフィリーが姿を見せることはなかった。世話する必要のない花を一人で見下ろす以外にやることはなく、風が肌寒いだけだった。

 その日以降、ぼくは朝方も放課後もあの花壇に近付いていない。花束を作った日も、必要な花は担任が授業前に用意して持ってきたから花壇の元へは行かなかった。

 だが、今ぼくは無性にあの花を見に行きたいと感じている。

 何故だろう。ただ、この感情を抱えたまま明日の休日を迎えるのは嫌だ。気分が悪い。すっきりしない。

 夏休みを経て、自分でも気付かないうちに花を見に行くことが習慣化していた。それに伴い、ぼくはあの花壇とコミナライトの花に対し愛着に似た感情を抱くようになっていたかもしれない。

 花壇に向かったところで、どうもしない確率は高い。余計に虚しくなるだけかもしれない。それでもぼくは、何かが起きる僅かな可能性に期待し焦がれていた。

 途中でグラウンドを通るし、ついでだから後夜祭も軽く覗いていこうかと思う。キャンプファイアにもフォークダンスにも別に興味はないが。だが、そう、そこにもコミナライトの花の明かりがあるはずだからだ。

 掃除を終えたら、気持ちを確かめに行こう。

 あの場所へ残されているはずの、温かな淡い光の元へ。