創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

番外08.あの日のエレナ ~太陽の君~

 学園祭当日の最後に発表する予定のグループがステージに上がり、リハーサルを始めた。わたしは講堂の壁に寄りかかって時計を一瞥し、その開始から終了までの時間を密かに計測する。先にリハーサルを終えてたむろしている生徒たちには、司会進行用の台本を読み直しているように見せかけていた。

 一グループの所要時間は最長で十五分。このリハーサルでは少し早く終わった。でも、当日は観客のリアクションも入るから過信はしない方がいいはずね。

 本当は、最後の発表者は彼らじゃない。

 先日みんなに配布したパンフレットには載っていないシークレットゲストは、ミリーだ。この秘密は、彼女自身と先生、そしてわたしたち実行委員しか知らない。

 活動を休止している彼女の最後のライブは去年の年末だから、実に九ヶ月ぶりのことになる。急遽決まったばかりの少し強引な計画だけど、成功すれば絶対にみんな喜ぶ。何よりもわたし自身が、その瞬間を見たいと強く願っている。ミリーのファンは学内に大勢いるし、わたしだって例に漏れずミリーのことが好きだもの。うまくいけば最高の日になるに決まってるわ!

 ミリーが歌える時間を確保するため、プログラムを遅延させてはいけない。だからといって他の発表の時間を削るわけにもいかない。それぞれの発表の合間で、司会のわたしがどうにかして調整する以外に方法はない。しかも、リハーサルのしようがない一発勝負だわ。

 頑張らなくっちゃ。

 放課後になってから一時間くらい経過していて、窓の外は夕陽が眩しい。確認を終えたわたしはクラスの様子を見に行こうと思い、開け放っている講堂の出入り口に向かった。

「……あっ、エレナ」

 その端に、ミリーがこそっと頭を覗かせていた。ステージからはギリギリ見えなさそうな角度だ。変装用の伊達眼鏡をかけて、通学鞄を手に提げている。

 掃除の後ギアー先生と話をしに職員室へ行っていたけど、今終わったところなのかしら? それにしては結構長かったのね。

 こちらに気付いて小さく手を振るミリーに、わたしも笑顔で応える。

「どうしたの? 誰かに用? ……ここで聞いても大丈夫なことかしら?」

「ううん、音が聞こえてたからちょっと覗いてみただけだよ」

「今日は裏門の方から帰るの? 珍しいわね。どこか寄っていくとか?」

「うん、その、正門からだとちょっと目立つかもって」

「……ん?」

 言っている意味がよくわからなかった。

 小声で囁きながら、ミリーの視線が斜め後ろに逸れる。その先を覗き込むと、忙しなく目を泳がせてそわそわと頭を掻きながらレルズが立っていた。距離を置き他人のフリをしているものの、ミリーを待つようにその場から動こうとしない。わたしと目を合わせた途端、バッと顔を背けた。

「い、一緒に帰るだけだよ。偶然、たまたま、同じ時間になってね?」

 わたしの怪訝な顔を見て、まだ何も聞いていないのにミリーは言い訳を始める。

 少し焦った様子、ってことは、それが危ない行為だという自覚は多少あるのね?

「……急ぎじゃないなら、いいかしら?」

 一旦レルズは無視する。校舎と講堂の間の細い道に入り、裏手までミリーを連れ出した。ミリーは困ったように眉を八の字にして、黙ってわたしに付いてきた。

「……ダメかな? どうしても……?」

 一本そびえ立つ木の影の中で向かい合う。弱気な声と上目遣いに、ぐらりと意思が揺らぎそうになった。

 そもそも、いつものわたしならこんな風に止めたりしなかったと思う。でも今は時期が時期だから、慎重にもなるというもの。決して怒るつもりじゃない。咎めるわけでもない。でも、はっきり伝えないと。

 責めたり押し付けたりするような言い方にならないよう慎重に、言葉を探す。

「今この時期に男子と二人で帰るのは、やめた方がいいんじゃないかしら……? もし変な噂が立ったりしたら、計画なんて言ってる場合じゃなくなってしまうでしょう? すぐそこの寮まででも、どこで誰が見てるかわからないし……。髪型を変えたり眼鏡をかけたりしただけでバレなくなるなんてことないって、ミリーもわかってるわよね?」

「うん……で、でもさ? お休みの日、初めてレルズ君と出かけたときは何もなかったよ。あのときはエレナも大丈夫って言ってくれてたよね?」

「それは……そうだったけど……」

 ミリーが持ち出してきたのは、夏前の話だ。

 わたしがレルズをミリーとの一日デートに連れ出した日のこと。

 あれは、レルズを喜ばせようとして。彼の反応を見たかっただけで。あのときはそれしか頭になかった。ミリーの心配なんてしていなかったのが、当時のわたしだ。

「お、俺もエレナの言う通りだと思うっす……」

 わたしが言葉に詰まっていると、ミリーの背後から遠慮がちにレルズが話へ加わってきた。こそこそと後を付けてきていたみたいだ。

 ミリーが振り向き、レルズはたどたどしくも続ける。

「い、一緒に帰ろうって言ってもらったのは、マジで、そのー……う、嬉しいっすけど……! だけどもしそれで、俺のせいで迷惑がかかったらって思うと……」

「そんなの気にしなくていいのに! それに、ワタシとレルズ君は別に――」

「問題は、周りの目にどう映るかよ」

 わたしはミリーの言葉を強引に遮った。

 ミリーが口をつぐんで悲しげな顔で俯き、レルズも目線を上げようとしない。日陰になった辺りは薄暗く、重い沈黙がのしかかろうとする。

 わたしは、ピンと指を上向きに立てて努めて明るい声を発した。

「要は、ミリーが男子と二人で帰ってるっていう状況が絶対にバレなければいいんでしょう?」

「そんなの、どうするってんだ?」

「手はあるわよ。ミリー、気は進まないかもしれないけど……」

「………」

 ミリーが眉を寄せる。察しがついているんだろう。他人であるわたしが気付くことだから、ミリー自身も思い至っていないはずがないもの。

 ミリーは、人の姿を変える魔法の使い方を知っている。

 それには時間制限や副作用も特に無いらしい。どんな魔法でも普通は、一定時間経つと力が保てなくなってしまったりするはずなのだけど。

 そんなに便利な力があるのに、ミリーは普段からそれに頼りたがらない。自慢もせず、それどころか、この魔法が好きじゃないとまで公言している。今まで休日や放課後に一緒に遊びに行ったことがあるけど、そこでも頑なに使おうとしなかった。

 確かに、モラル的にはあまり良くない魔法ではあるけど、それだけが理由ではないと前に話してくれたことがある。

『見た目だけなんだけど、まるっきり別人になっちゃうの。なんだかワタシじゃないみたいで……ちょっと嫌なんだ』

 ミリーにとっては譲れないこだわりがあるようだった。だからわたしたちも、顔バレして騒ぎになるリスクを承知の上でミリーの思いを尊重してきている。

 でも今回ばかりは、話は別。

 レルズは一人疑問符を浮かべていたけど、わたしの意図に気付くと納得して手を叩いた。

「……あっそうか、わかった! 変装できる魔法があるって言ってたっすね!」

「レルズも、それでいいわね?」

「ああ!」

 レルズは期待の眼差しで、困り顔のミリーに向き直った。

 意気揚々と目を輝かせる無邪気なその姿に、わたしは告げる。

「ほらミリー、レルズもこう言ってるわ。とびきり可愛くしちゃって?」

「えっ」

「……ん? あれ!?」

 先にミリーが聞き返し、レルズも振り向いてぱちぱちと瞬きをした。

 風と共に、沈んだ空気が彼方へ吹き飛んだのを確かに感じた。

「タンマ! 今の、どういう意味だ?」

「言った通りよ。さあ、女の子になりましょうか」

「待っ!? な、何でそうなるんだよ!? 俺が変装すんの!?」

「だってミリーの方が姿を変えちゃったら、ミリーと一緒に帰ってる気がしないんじゃない? 男のままじゃ変身する意味もないし」

「うっ、それは……け、けど! 他に何かないのか!?」

「じゃあ犬とか猫とか、動物?」

「それはワタシができないかな……」

 ミリーが苦笑いする。

 レルズは一度異議を唱えたものの、それ以上反論できないまま口だけをぱくぱくと迷わせた。

「何も中身までなりきれとは言わないわよ。女装じゃないんだから」

「同じじゃね!? ってか、お前面白がってんだろ!」

「失礼しちゃうわ。わたしは本気で協力しようとしてるのに」

 と、言いながら、自分では真顔のつもりなのだけど、ひょっとしたら口角が上がるのをごまかせていなかったかもしれない。仕方がないわよね、レルズが面白いんだもの。

「ちょっとの間見た目だけ女の子になるだけで、周りの目を何も気にしなくてよくなるんだからいい話じゃない?」

「……レルズ君、どうする?」

「ぐっ、う、うぅぅ……!」

 ミリーは、レルズの意思さえよければわたしの提案を飲んでくれそうだ。そう言うような彼女の視線に、レルズが唸る。

「わかった! やってやる! ひ、一思いに頼むっすー!」

 叫ぶと、勢いよく腕を横に広げて大の字で仁王立ちになった。射的の的にでもなるみたいにギュッときつく目を瞑って、歯を食いしばる。

 ミリーが杖を手に取り、レルズの頭上にくるんと回した。白い光が舞い、螺旋を描きながらレルズを爪先まですっぽり包み隠す。この瞬間を間近で見るのは、初めて説明を聞いたとき以来だわ。

 光が弾けて周囲がパアッと一瞬明るくなり、レルズの姿が露わになった。そわそわと、困惑しつつ自身の体を見回し始める。

「……お、おぉ……? ど、どうなっ――うわ声高っ!? これ俺の声か!?」

 レルズが叫び、わたしも目を丸くした。全体的には元々の外見の特徴が結構残っているように見えたけど、喋ると別人だ。ハイトーンボイスがキンキンと響いた。

 服は、男女の差がない学校指定の運動着。背の高さや体型にはあまり変わりがない。髪は、黒のメッシュがなくなっている。だけどそれ以上に大きな変化があって、動物の耳みたいな小さいツインテールがくっついていた。元々童顔気味の丸い頬はピンクに色づき、目元や唇も、軽く化粧を乗せたようにほんのりと可愛らしさが足されている。

 彼(彼女?)は慌てふためきながら、ぺたぺたと自分の全身を手で確かめた。頭に触れて髪型に気付いたときには、また大きく目を見開いて怪訝な顔をした。

「うまく言えねーけど、何かすっげー変な感じ……」

「だよね……あ、鏡あるよ。見る?」

 ミリーが鞄から手鏡を取り出そうとすると、仰け反りながら両手を突き出して制止させた。

「えっ、わーっ、いい! いいです! 見せなくていいっす! まだその、心の準備が!」

「そ、そう?」

 気圧されて、ミリーは困惑した笑みを浮かべる。

 レルズはグイッと体を捻ってわたしの方に振り返った。

「エレナ! 今『俺』ってわかんなくなってるよな!?」

「え、ええ、そうね。言われてもわからないと思うわよ」

「よし! じゃあオッケー!」

 そう答えるとすぐに向きを戻す。気を紛らわすみたいに、腕を振ってわざとらしく大声を上げた。

 そのバタバタした挙動も口調も素のままだけど、ただの男勝りな女の子にしか見えない。勿論、姿そのものに不自然さや違和感もない。

 このレルズの姿を見ていてふと脳裏をよぎったのは、昔、男の子になりたいと思った日のこと。わたしが男の子だったら男子だけの遊びの輪の中にも自然に混ざれるのに、「彼」ともっと長く一緒にいられるのに、と。

 懐かしい思い出だわ。

 レルズはどうなのだろう。男子でも、そんな風に思ったりすることはあるのかしら……?

「本当にいいの? レルズ君、無理してない?」

 ミリーはまだ少し遠慮した様子だった。レルズは拳をぐっと握ったまま、彼女を安心させるように屈託なく笑う。姿も声も違うけど、その振る舞いはいつものレルズだ。

「平気っすよ! 変な感じはするっすけど、すぐ慣れるはずっす! こ、これなら、その、人に見つかんねーようにしたり時間ずらして校門出る必要もないっすよね?」

「うん……レルズ君がいいなら」

 その笑顔に釣られて、ようやくミリーも笑みを見せた。

 普段の教室で見せる明るくて元気な笑い顔とは違う、柔らかな表情。これが彼女の素顔なんじゃないかって、何となく、わたしはそんな気がした。

「委員会のお仕事中だったのに付き合わせちゃってごめんね。でも、ありがと」

 ミリーは気恥ずかしげにはにかんで言う。

「いいのよ、全然。面白かったもの♪」

「やっぱ面白がってんじゃねーか!」

「エレナも一緒に帰らない?」

「せっかくだけど、わたしは教室をもう少し手伝っていくわ」

「あ、明日はワタシも残るから!」

「うふふ、ミリーには当日お願いすることがいっぱいあるんだから大丈夫よ。準備は任せてちょうだい!」

 わたしは来た道を戻っていく二人を見送った。

 女子生徒に扮したレルズの偽名を決めようとしているらしく、ミリーが何か口にするとレルズは焦ったように甲高い声を上げる。その後ろ姿はやはり女の子にしか見えず、疑いの余地は何もない。角を曲がる手前でミリーが振り返り、こっちに手を振った。

 少し遅れてわたしも裏庭へ戻る。門の方を見ても二人の姿はもう見当たらない。

 本当は後を付けていきたいけど、今日は我慢しましょうか。

 心地よい風が吹き、暮れていく夕陽が眩しくてわたしは目を細めた。

 西日を背に受けて校舎に向かう。目前に迫っている学園祭当日のために、わたしはわたしにできることをしなきゃね。