創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

05.風

「掃除とかほんとめんどくさーい」
「早く終わらせればいいのよ。すぐ終わるわ」
 エレナとミリーが並んで廊下を歩いていました。窓から入ってくる日差しは弱く、そよそよと風が吹いています。ネフィリーは彼女と一緒にいることに多少恐縮していましたが、エレナは特にそういったことはないようです。さすがエレナ、としか言いようがありません。
 基本的に毎日の放課後に行う掃除は、全て手作業です。私は最初の頃、部屋を綺麗にできる魔法があって、それで一瞬のうちにピカピカにできるものと思っていました。でもよくよく考えると、そんなことが可能ならここの卒業生である母が雑巾で手を冷やしてまで冬場の掃除をするわけがなかったのです。
「物を操る術とか使えれば楽なのにね! 何もかも掃除用具にやらせて、ワタシは命令するだけ。教科書に載ってなかったっけ」
「参考としてはあったけど授業内容としては無いわね〜。確か王立まで行けば教えてもらえるんだったかしら。レベル上げて応用すると無機物以外、例えば人とかも操れるようになっちゃうから、禁術予備軍らしいわよ」
「もー禁止魔法多過ぎない!? 便利なやつに限って駄目なんだもん。昔の人はバンバン使ってたんだよ、きっと。不公平だ!」
 言いながら掃除場所である音楽室の扉を開けると、その場でミリーはぴたりと硬直しました。ついでに口も開いたまま凍り付いています。教室内には既に一人の男子生徒が来ていて、鉄の用具入れから箒を取り出しているところでした。二人に気付いてそちらを見ます。顔の各パーツが一切動かず無表情ですが、その彼にもエレナは気さくに話しかけます。
「あら。早いわねシザー、それじゃあ箒お願いしていいかしら。わたしは黒板やるわ」
「了解」
「……シザーと同じグループだったっけー……」
 完全に変声期を終えた低いトーンで答えると、シザーと呼ばれた男子生徒は黙々と掃き掃除を始めました。ボタン全部を外した上着と同じ真っ黒な髪はセットしているのか、硬そうな額を出しています。エレナが離れて黒板の下へ行くと、日頃の快活さはどこへ行ったのかミリーはきょろきょろと所在なさそうになりました。見かねてかエレナは黒板を拭きながら彼女にも箒を促します。
 ミリーは鉄をガチャガチャと鳴らし慌ただしく箒を手にとって、ちょうどシザーから距離を取るようにわざわざ対角線上まで行ってから掃き始めました。彼の目線が少しでも向くたびにびくりと肩を跳ね上げます。それにはエレナも苦笑いを浮かべました。
 シザーの目つきはとても鋭く、その口は必要以上に物を語りません。長身であることも相まって、威圧感を放つ存在でした。エレナもミリーも誰だろうと仲良くなるタイプですが、教室で彼と日常的な会話をしたことはありません。ミリーに至っては今のように自ら避けています。去年からの同級生であるためそれなりのことはわかっているエレナと違い、彼女はこの一ヶ月あまりでしか彼を知らないのでした。
 授業態度は決してよくありません。人によっては論外だと評価します。課題を期日までに提出しないことが頻繁にあります。しかし授業中に指名されても、大して困った様子もなく大抵の問題は解いてしまいます。苦々しく思っている先生もいたはずですが、それすら気にせず淡々としています。それで談笑している姿を見たことがないのですから、ミリーが勝手にイメージを作って離れてしまうのも仕方ないとは思います。
 ですが、そのイメージにおけるシザーはこうして真面目に掃除をしませんでした。それ以前に、掃除場所に来てもいません。きびきび手だけを動かし続ける彼はミリーの怯えが交じった視線にも気が付いていないようで、床と埃しか見ていなさそうでした。
「あ」
「わっ、ななな何どうしたのワタシ何かしたかな」
 シザーが顔を上げ、ミリーは箒を両手で強く握り直して抱き寄せます。エレナはその跳ね上がった声に驚いたようでしたが何も言いませんでした。
「いや、窓開け忘れてた」
 そりゃ埃っぽくもなるわなーと軽い調子でぼやきながら、シザーは教室のガラス窓を開けていきました。カラカラ乾いた音と共に、柔らかな風が入ってきます。向かい側を開けにミリーの傍へ歩いてきて、彼女の足はすくみました。目が合って一層強く手に力を込めます。
「んなビビんなって」
 それとは裏腹に、シザーは尚も軽く言って笑いかけました。今までの印象からはまるで想像できなかった爽やかさで、再度ミリーの体は固まります。室内に清浄な空気が運ばれてきました。彼らの衣服類等が風に吹かれ、静かになびきます。自らの手で髪を撫でつける仕草もまた普段のものとは違うように見えました。
「後で黒板消し叩くから開けといてねー」
「おーう」
 ミリーの艶やかな前髪が、眉の上で小さく揺れ続けています。彼の姿を映す瞳に太陽の光が散って、パチパチと弾けているようでした。