創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

04.心に根差すもの

 術には形式がある。つまり何でも魔法を介して出現させるといったようなことはほぼ不可能であり、夢物語とは違う。呪文であったり儀式であったり、物によっては生贄を伴ったりと術の発動にもそれぞれ異なる条件が付く。それは覚えること。最初は人の魔力よりも杖等の媒介物の方が重要で、個人差が出てくるのはそれから。各々の魔力に合った術でなければ使えないが、練習を積めばいずれ可能になる。
 大前提となる基本はそれくらいだそうです。魔術科目担当でもあるパルティナ先生による、放課後の補習内容はこちらではほぼ割愛させて頂きます。別の教室で私一人が教卓目の前の席に座り、先生と一対一で基礎を教え込まれるといったものでしたので他のことを考える余裕はありませんでした。彼女の話は理解しやすいと同時に密度が濃くスピーディでもあって、集中していないとすぐ置いていかれてしまいます。
 私が黒板とノートの間で目を泳がせている頃は、生徒が思い思いの放課後を過ごしていました。実家の方ではよく見かけていた、クラブ活動のようなものは存在こそしていますがあまり活発ではないようです。大概が、学校という括りに縛られない地域のチームに入っていました。それらにも加入していない人々は、自分でどうするかを決めています。真っ直ぐ寮へ戻る生徒もいますが、校門から東に出て商店街へと足を延ばす生徒は比較的多くいました。
「ネフィリー! 何か知らないけど今日の掃除なくなったの! だから一緒に買い物して行こー!」
 今日の日程が全て終わったとき、すぐに別のクラスから来た誰かがネフィリーを呼びました。ざわついていた室内が突然静まって、声の主を一斉に見ます。鞄片手に笑顔で手を振るのは、二つに結った濃いピンクの髪が制服やベージュのベストとよくマッチしている女子生徒です。いっぺんに注がれた視線にも動転していない様子で、むしろ声をかけられたネフィリーの方が慌てていました。せわしなく支度をして駆け寄り、ネフィリーはそそくさと、ツインテールの彼女はうきうきと教室を出ていきます。
 私だけが状況を掴めずにいましたが、彼女はこの学校内で全ての人に顔と名前を知られているくらいの有名人でありました。その範囲は町の外にも及ぶほど。
「あの、ミリー……できればもうちょっと目立たない感じで来てくれないかなーなんて……」
「だってネフィリーの席遠いんだもん。声出さなきゃ気付かないでしょ? そんなことより早く新作パフェ食べに行こう、新作!」
 よく通る、明るく跳ねるような声にすれ違っていく人もほとんどが振り返って彼女を見ます。理由は多分違いましたけれど、二人とも早歩きでした。
 クラスの子が教えてくれました。ミリーは一世を風靡したアイドルで、現在もその人気はほとんど衰えることを知らないようです。今、活動を止めているのは勉学に専念するため。実際、入学したての頃は学校に通いながらそちらの仕事も行っていたようですが学業の方は芳しくなかったそう。年明けのとき事務所から正式に発表されて、今に至っているとのことです。この辺りを中心に広がった人気のようで、私が聞くのはこの日が初めてでした。
 自分の立場だとか周りからの目だとかに囚われず、素直に生きているように見えます。それに振り回されて少し困っている人も中にはいるようでしたが、そういう内面的なところも人を惹きつける所以なのでしょう。
 一階昇降口で靴を履き替えると、ミリーは鞄から黒く四角い眼鏡を取り出してかけました。度は入っていない伊達眼鏡です。本当は、彼女は自分の姿をまるきり変えてしまう魔法を扱うことができました。しかしそれは簡単に悪用もできてしまうものだったので、なるべく唱えないよう会社の人から言われていたのです。変身するだけのそれはまだ大丈夫なラインですが、そういった危険性を孕む魔法は禁術として国から指定されていました。
「別に悪いことはしないんだから、使った方が楽だし確実なんじゃないの?」
「そうなんだけど、見た目だけとはいえ本当に別人になっちゃうんだよね。魔法としては得意だけど、あんまり使いたくないの。絶対見つかりたくないときは別だよ? でも今みたいに友達と遊びに行くときとかはさ、ちゃんと自分の姿でいたいし。ネフィリーだって、見知らぬ人と一緒に歩いてたってそれがワタシだと思えないでしょ」
 その答えにネフィリーは納得して笑います。二人が向かうのと反対側では傾いた日が覗き、背中を照らしていました。

「美味しいっ! 凄く美味しいねこれ!」
 窓際のテーブル席で向かい合って座り、先週メニューに追加されたばかりだという同じパフェを食べます。二人が来ているのはマジカルという名の喫茶店で、老若男女問わず気軽に入れるアットホームな内装と雰囲気のため人気のある店でした。ちょっとバーらしきところもあり、カウンター席では話好きの店長がよく客の相談に乗ったり愚痴を聞いたりしています。
「これはさしずめ甘味の壺といったところね! 生クリームとアイスが上から蓋をしてて、その蓋がちょっとずつ開けてくると中のイチゴソースから香りが漂ってくるの。この刺さってるシュガースティックは、えーっと、そう! 鍵!」
「何だかグルメリポートに来たみたいだよ」
 柄の長いスプーンと厚いガラスの器が、カチャカチャと音を立てていました。反対側の席には、私たちのとは違ってブレザータイプの制服を着た学生グループがいます。後で知りましたが、隣町にある学校の制服のようです。ウェイトレスの一人が注文を取っていますが、それにしては賑やかな様子でした。
「この後はフェアスタかなー。多分そろそろ夏物が出始めてるんじゃない? それと、前買ったスカートに似合うシャツが無かったから軽く見ておきたいの。まだ時間大丈夫?」
「うん、暗くないし平気」
 二人が店を出ます。レンガ造りの建物が両脇に並び、石畳の中央通りでは様々な年齢の人が行き交っていました。視線を上に向ければ、箒で飛行する人もいます。この辺りは大通りなので道幅は広く十分な間がありますが、細いところだと本当に細くて進むのも大変だそうです。路地裏というと治安の悪いイメージで、私は最後までそちらに足を踏み入れなかったので聞いた話だけになってしまいますが。
 角を一つ曲がると円形の広場に出ます。町単位で何かイベントがあるときの場所はほとんどがここです。そこにある大きな看板を歩きながら流し見していたミリーが、不意に足を止めました。数歩進んでから気付いたネフィリーが戻ってきます。一部重なりつつ沢山のチラシが貼られ、その内の一枚は次世代のアイドルオーディションと書かれた勧誘ポスターです。
 ミリーがそれに気を取られていることはネフィリーにもわかりましたが、どこか遠い目をしたミリーの心情までは推し量ることができませんでした。声をかけるのをためらってしまって何か他の物を探してみますが、彼女もまたある一枚に目を奪われて息を飲みます。
 それはキラが町で配られて、今は私の手元にある、ホウキレースのあのチラシと同じものでした。鮮やかな橙の背景とギザギザした吹き出しの派手なもので、中央に大きく箒のイラストが描かれています。参加予定の選手名が下の方に並んでいました。
「……やっぱ今日はやめとこっか」
 人の波の中でお互い黙って立ちすくんでいた後、先に口を開いたのはミリーでした。呟くように言葉をこぼし、すぐさまぱっと笑みを作っておどけたように続けます。
「ワタシたちのクラス、パルティナ先生の宿題出てたんだー。あの人怒るとほんと怖いんだもん、間に合わなかったらヤバいよ」
「え、怖い、かな……? 優しくていい人だと思うけど……」
「普段はね、普段は! さてはネフィリー知らないなー?」
 二人は話しながら、さも自然な流れのように来た道を戻り始めました。一見どこも変わっていないように見えて、急に話が途切れたり表情から力の抜ける瞬間があったりと継ぎ接ぎしたようなぎこちなさが漂っています。正面顔は明るく陽に照らされていても、その後ろには長い影が伸びていました。

 翌日学校で出会ったネフィリーからは何も感じませんでした。そもそもまだ面識のなかったミリーは、どうだったのかはわかりません。でも、何も見えなくても感じ取れなくても、心の奥底で思いが蓄積していたのは間違いないのでした。