創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

15.花壇の傍らで

 先日の雨で湿り気を含み色濃くなっていた土も、正午を回る頃にはサラサラなものへと戻っていました。ネフィリーは、校舎裏の花壇の傍らに手ぶらで立っています。鞄は脇に置かれていて、ジョウロは手にしていません。霧雨の後で、しかも梅雨時期ですので、今日は水やりの必要がないと判断したのでしょう。
 おもむろにその場でしゃがんで、花はおろか蕾すらもまだ出ていないコミナライトの花と視線を合わせました。薄い双葉の色は、こうして並ぶと彼女の髪にとてもよく似ています。ネフィリーは柔らかな表情で、かすかに揺れるそれをぼんやりと眺めていました。

「え、シザーさんも用事あるんすか? じゃあ今日は俺ももう帰ろうかなー」
「悪いな、急に呼ばれたんだ」
 その頃、二階の廊下の隅ではレルズとシザーが話しています。衣替えの日はもう少し先ですが、シザーは暑いのか既に上着を脱いでシャツ姿でした。それでも足らないのか、袖は捲り上げています。彼の右手には、手紙らしきものが握られていました。
「まさか……果たし状!?」
「いや多分違う。これ出したのエレナだから」
「えっなんで」
「さあな」
 友人と会話していようとも表情が硬く口調も素っ気ないのは、そこが校内だからです。シザーのこの状態は学校モードと呼ぶことにしましょう。
「スティンヴも何かあるのか?」
「うす。ネフィリーっつー人んとこに何か聞きに。知ってます?」
「顔だけ。お前とはぐれたときのホウキレースに、応援に来てたな。まああいつのことだから、その辺の話だろ」
 彼が持つ情報から導いたその予想は妥当なのですが、今回ばかりはそうとも限らないのです。
 当のスティンヴは花壇のところまで来て、彼の足音に気付いて立ち上がったネフィリーと向かい合っていました。相変わらずむすっとしていて、サングラス越しに目が光っています。コミナライトの芽を一瞥しますが、それが何かは興味ないようです。昨日はろくに彼女の方を見なかったので、改めてその顔を見ます。
 彼には私のような、黒い渦や霧を感知する力はありません。ですがそのとき漠然と、彼女が心に何か隠していることは感じたそうで、密かにたじろいでいたとのことでした。
「あの、スティンヴってホウキレースの常連なんでしょう。この前の試合、私見てたんだ。だから貴方の顔も知ってて」
 ネフィリーが、緊張したような面持ちで口を開きます。このように言われることに、彼は慣れていました。実際、幼少期から大会に出続けているため今では固定ファンも少なからずいて、その世界では有名人であるのです。そのことは彼自身も悪く思っていないようでした。とはいえスズライトにはミリーがいるので、どうしても彼女の話題に埋もれてしまうことが多いのですけれど。
「で、聞きたいのって?」
「……ゼクスのこと」
「!」
 その名前にハッとして、唇を噛み、顔を歪めます。ネフィリーにはそれを気にする余裕もないようで、詰め寄りました。
「わかるよね? 同じ大会に出てたもの。彼のことなら何でもいいから、知ってること全部教えてほしいの。お願い……!」
「……ぼくの質問に答えたら、教えてやるよ」
 彼の発する言葉が突然冷たくなります。思わず一歩後ずさると、ローファーの踵が花壇の縁のレンガにかすりました。

 一つ目の問いは、「昨日の術の主は本当にネフィリーか」でした。スティンヴは疑いの目で見ていましたが、彼女は紛れもなく自分だと言い切ります。根拠を求められると、
「ここで同じことやったら花たちに影響が出るから、これで信じてもらえる? ……あと、これは内緒にして」
 そう言って足元の雑草を一本引き抜き、その細く弱々しい根をほんの一瞬で太く強靭なものへ変化させました。杖を持っていないので厳密には魔法ではないことが推測できますが、彼はさすがにそこまで考えが回らなかったようです。
 ともあれ納得はしたので、二つ目の質問を投げかけます。今度は「何故あの場にいたのか、何をしていたのか」とのことでしたが、彼女は気分転換に飛行していたのだと答えました。視線が一点に定まってぶれないのは後ろめたいことがないから、しかしそれ以外に、先を急いでいたからかもしれません。
「……まあ、それが本当にしろ嘘にしろぼくには関係ないか。これで最後だ。お前、あいつの何?」
 問いかけと共に、彼はゆっくりと刺を含んだ懐疑の目を向けました。それまで瞳がギラギラしていたネフィリーでしたが、その目に射られて少し身じろぎします。肩の力が抜け、次に目線を落とし、自嘲気味に口元だけで笑いました。
「……ストーカーかもね」
「は……?」
「ううん、冗談。ただ気になるだけだよ。この学校の人ではないよね?」
 そして小首を傾げ、まるで次は自分の番だと言わんばかりに先を促すのです。普段通りの穏やかな顔ではありますが、有無を言わせない威圧を裏側に張り付けてあるようでもあります。それはスティンヴが食い下がることを防ぐのに十分でした。釈然としないまま、半ばやけくそで言い捨てるように答えていきます。
 彼は隣町サンローズの学校に通う生徒で、年は私たちの一つ上。つまり先輩。町内のアパートに独り暮らし。大会に参加し始めたのは今年の冬から。述べたのは以上のことだけでした。
「サンローズ校……」
「お望み通り、これで全部。期待外れだろう、大したことない話で残念だったな。あいつとは大会で会うだけだ。そもそもぼくは、あの野郎が嫌いだから」
「どの辺りが?」
「それは……。」
 言葉を詰まらせ、眉をひそめて小さく舌打ちします。
「……嫌いなものは嫌いなんだ。苛つくんだよ」
「そう……色々教えてくれてありがとう、スティンヴ」
 顔を上げて見ると、ネフィリーは体の前で手を合わせて小さくお辞儀をしていました。同級生相手にしてはやけによそよそしく、不自然だと感じていると、鞄を手にして早々にその場から去ってしまいます。
「……結局、何なんだよ」
 溜息を一つ、それと共に呟きましたが、答えてくれる人は誰もいませんでした。