創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

16.アイドルと不良役

 シザーに果たし状、もとい呼び出しの手紙を送ったエレナでありますが、事の発端はその日の昼休みです。机を合わせ、ミリーと向かい合って弁当を食べていました。彼女の食はあまり進んでいません。
「……あ、あのね、エレナなら知ってるのかなって思って、聞きたいんだけど」
「うん、なあに?」
 何か言い淀んでいるとわかっていたようで、ゆったりと話を聞く態勢をとりました。ミリーはフォークごと手を握って、教室をぐるりと見回した後、小声でそっと尋ねます。
「シザーって……どんな人なのかな」
 その一言を耳にして、エレナは少し目を見開き、それからすぐ楽しそうに笑いました。
「あら、どういう心境の変化かしら? わたしの方がその辺問いただしたいんだけど」
「ち、違うよ! 違くて、その、本当にちょっと気になっただけだから」
「ま、何があったかはまた今度詳しく教えてちょうだい」
「だから違……うう、とにかく、どうなの?」
 ミリーはクラスの視線を集めていることに気付いて、即座に声量を抑えました。そのシザー本人はというと、いつものように授業終了の時点でふらりとどこかへ消えています。この話題に余程エレナは食いついたのでしょうか、まだ中身が残っているのも関わらず弁当箱を片付け、何やらぶつぶつと言っています。
「知ってはいるんだけど……わたしが勝手に言うべきことでもない気がするのよね。かといって、話してくれるかしら」
「そ、そんな重大な秘密が?」
「別に? 大したことないと思うわよ。……そうね、セッティングはしといてあげるから、今日の放課後にでも本人に聞いてみればいいんじゃないかしら」
「本人に!? っていうか今、話してくれるかどうかって」
「大丈夫よーきっと」
 あまりにあっさり答えて笑うので、ミリーもそれ以上尋ねる気はなくなってしまいました。
 あの手紙はそういった経緯があって出されたものだったので、そうとは知らないシザーはエレナが待っていなかったことに驚いたそうです。――まあ、彼女も呼び出した教室のすぐ近くにはいて、様子を覗き見していたのですけれど。
 そればかりは彼女の欠点、または惜しいところと呼べるかもしれません。この日以外にも、しばしばエレナは人のやり取りを影から覗いていることがありました。しかしこれは一種の野次馬根性のようなもので、悪気などは全くないので、その旨をご理解頂けますよう私からお願い申し上げます。

「エレナは?」
「あの、エレナじゃなくて、ワタシの用なの。何かごめんね、こんな大袈裟なことになっちゃって……」
 やってきたシザーはズボンのポケットに両手を突っ込み、毎度ながらの仏頂面をしています。ミリーが気にしているのは、勿論あの路地裏での出来事なのですが、この顔を見慣れ過ぎてあれは夢だったのではないかという気さえしていたのでした。
 しかし、彼女にはかつて芸能界で鍛え上げられた度胸というものがあります。意を決し、胸元のリボンを掴んで声を上げました。
「単刀直入に聞きますっ! 今とあの時と、どっちが本当ですか!」
 沈黙が流れます。いえ、この場合は停止とでも言うべきでしょうか。少しして、シザーが顔をしかめて首を傾げました。
「……あの時……?」
「えっ、あれ、もしかして覚えてない? 昨日のことなんだけど」
「ああ、商店街の。……そうか。そうだったな」
「? え?」
「外で話す。妖精の森の方にいるから」
 一方的に告げると、返事も待たず教室を出て行ってしまいます。またも話がわからず置いてきぼりのミリーは、次第に自分だけが理解していない状況に対しムキになっていきました。
 すぐに後を追い、箒で上から見下ろしてシザーを見つけます。妖精の森周辺は普段から人が少なく、この日も例外ではありませんでした。そういえば、私がここで迷子になってからもうじき一ヶ月は経とうとしていたのですね。早いものであります。
「結論から言うとな、学校のアレは半分演技なんだ」
 ミリーが着くなり明るい声色でそう言った彼のカミングアウトはやけに軽く、突拍子もなく、初めはどんな反応もできませんでした。彼はそれを見て肩を揺らしつつ苦笑し、
「まあまずは聞いてくれ。うちの生徒って、だいたい模範的で教師の言うこと聞くだろ? 俺は、その教師に反抗し続けたらあいつらはどうするかっていう実験をしてるんだよ」
「実験……?」
「何回言っても従わない生徒、それを大人はどう見るか、どんな行動をとるか。それを知るには実践が一番だろ? だからああいうキャラ作って試してんの。で、何かの弾みで教師側にバレないように、同級生なんかにもなるべく隠してんだ」
「……エレナが言ってたのって、もしかしてこのことかな」
「ああ、あいつはなあ」
 くしゃりと笑って、腰に手を当てました。それは去年の話で、エレナは先生以上にしつこく口を出してきたそうです。確かに、彼女ならやりかねないと思います。困ったシザーは自分から全てを説明して、気にしないでほしいとも伝えたとのことでした。
「エレナ以外にも知ってる奴は何人かいるから、学校出ちまうとどうも気が抜けて今のお前みたいなことになるんだ。混乱させて悪かったな」
 ミリーはまだポカンとしています。開きっぱなしのその口から言葉が出てくるまでは、時間がかかりました。
「な、何というか……シザーはそれでいいの? 友達とか……色々」
「それならいるし平気、量より質だ。俺がしたくてやってることだしな。っつかさっきも言ったけどこれは半分演技で、つまりもう半分は本気なんだよ。どっちかってと先公は嫌いだし、勉強もやりたくねえし、特に問題はないっつうか」
 その後もいくつかの問答をしましたが、彼がその度にあっけらかんと話すものですから、遂にミリーは笑いが込み上げて来ました。
「なんだ、シザー怖い人だと思ってたけど、ただの変な人だったんだね!」
「へっ……俺は大真面目だからな!?」
「えへへ、そんな顔したってもう全然怖くないよ」
 森の方から涼やかな風が吹いてきて、彼女の髪をふわりと揺らします。笑みはなかなか収まりませんでした。

 それからシザーは、他の人たちと同様に、ミリーにもこのことを学校では秘密にしてほしいとお願いしました。そして去り際にもう一つ、放課後は校舎裏で今のように普通に話しているから、いつでも遊びに来ていいと付け加えました。
 こうして、彼の内面を知る親しい人はもう一名増えたのでありました。