創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

19.ステップ・ストップ(1)

 スズライトに、「電化製品」を作り出す技術は現在ありません。あるのは海の向こうから輸入された完成品だけ。自然物から生み出すスズライト品に比べると少々値段が張ることもありますが、時に魔法では代わりの効かない機能を持つ商品もありましたので、学生でも一つか二つ所持している人は珍しくありませんでした。
「レルズー。……ちょっとレルズってば、無視しないでよ」
 エレナが廊下の前を歩くレルズを見つけ、後方から声をかけています。しかし彼は、返事はおろか振り返ろうとする様子も示しません。エレナは少しむくれると、早足で近付いて追い越し前方に回り込みました。制服と同化して見づらいですが、彼のポケットから黒いコードが伸びていて耳に嵌っています。それをすぽっと引き抜きました。
「やっぱり歌聴いてた。好きねえ」
「うわっ!? 急に取るなよ、びっくりするだろ!」
 ここでようやく彼女に気が付いたらしく、本当に驚いたようです。
「学校で聴いてていいの? いつかわたし以外にもバレちゃうわよ?」
「べっ、別に俺の勝手じゃん!」
 強引に奪い返して、コードが繋がっている手の平サイズの四角い機器を操作します。私もあまり詳しくないのですけれど、あれは音楽の録音、再生が可能な機械だそうです。いかにもスズライト国外で作られた人工物らしい光沢をしたボディで、レルズのそれは鮮やかな真紅をしていました。
 彼は流していた音楽を止め、機器本体にコードを巻き付けて片付けながら、耳だけで彼女の話を聞いています。
「早く夏休みにならないかしらね」
「だな」
「明日の休みも、今日みたいに晴れるといいわね」
「何か予定?」
「あなたにいい話があるんだけど、興味ない?」
「どうせお前の暇つぶしか思い付きなんだろ?」
「ま、特に否定はしないけど」
 エレナは腰の後ろへ腕を回して少し胸を反らし、
「そんな態度でいいのかしら〜? あの子と直接会話する機会を用意してあげてもいいって言ってるのよ?」
 その一言でレルズの手元が狂って、機械が落ちそうになりました。途中まで巻いていたコードがほどけ、ぶらぶらと宙吊りになります。
「なっ、はあ!? お前それマジで言ってんの!?」
 元より大きな目を更に大きく開いて声を荒らげる彼の反応に、満足げにほくそ笑みました。
「ええ。いくら待っててもあなたから行動起こすことはなさそうだから、わたしが手助けしてあげるわ」
「誰もそんなの頼んでねーし!」
「あら。じゃあいいのね?」
 疑問形ではありますが、彼女のことですからその後の展開はわかりきっていたのだと思います。余裕な笑顔は終始変わることがなく、彼はただ振り回されているだけでした。

 待ち合わせは商店街入り口のアーチ下。幸いにも、梅雨明けが近いことを感じさせる快晴であります。
「エレナから聞いたよ! レルズ君だよね、初めまして。……って言うのもちょっと変かな?」
「………! ………!!」
 口が半開きになるばかりで声が出ないレルズの前に微笑んで立っているのは、ミリーでした。いつもは二つに結っている髪をその日はサイドテールにし、先日と同じ変装用の伊達眼鏡を身に付けています。服装はシンプルなもので、一般的な型のTシャツとショートパンツを着ていました。横にはエレナもいて、彼の様子を可笑しそうに眺めています。
 当時の私は知らなかったことですが、レルズはミリーのファンでありました。最も、周囲には隠していて、シザーにも秘密にしていたようです。エレナがそれを知ったのも単なる偶然だったそうでした。
「ほら、いい加減何か言いなさいな」
 少々呆れた様子でエレナが軽く肩を小突きましたが彼は未だ固まっていて、その一方で彼女をまじまじと見てみたり明後日の方向を向いたりと落ち着きがありません。湯気が出そうなほどに耳から首筋まで赤くして、少し汗も浮かんでいました。
「ああああの、俺っファンです! 前からずっと!」
「声大きい、声大きい」
 ミリーが苦笑と共に彼をそっとなだめました。
「ワタシもちょっと、考えることがあってね……。……ま、理由があっても本来ファン一人だけを特別扱いするわけにはいかないし、今日だけはワタシをアイドルじゃなくて友達として扱ってほしいんだけど、いい?」
「ええ!? いやいやいや、そんな!」
 大きくぶんぶんと首を振るレルズを見ると、しゅんとします。
「そっか、レルズ君はワタシとお友達になるのは嫌か……寂しいなあ」
「えっ、ちちち違うっす! そりゃ嬉しいに決まってるっすよ!」
「ならいいよね! それじゃ行こっか、レルズ君」
 今度はぱっと表情を明るくし、眼鏡に手を当てました。レルズは彼女の言葉の意味がわからず、疑問を口にします。
「行くって、どこに……」
「街に決まってるでしょ?」
「あれ? レルズ君が出掛けたいって言ってる、って話じゃなかったっけ?」
「!?」
「そうよね、レルズ?」
 したり顔なエレナの発言を受けて、ようやく自らの置かれた状況を理解しました。
 全ては彼女の筋書き、半分の暇つぶしと半分のおせっかいでできているこのイベント。エレナにレルズの反応を面白がる気持ちが全くなかったと言い切ることは、正直できません。しかし、ミリーを慕う彼の思いを汲む気持ちも確かに存在していたと思います。現にこの時、彼は困ったり戸惑ったりしたかもしれませんが、憧れの人と話ができて不幸せではなかったのではありませんか?
 ミリーが軽い足取りでアーチをくぐっていき、レルズは少し遅れてその斜め後ろをおずおずと付いていきます。途中で振り返った彼女の発言にも、忙しなく腕を振りながらもどうにか返答しているようです。
 エレナはその場に留まり二人を見送って――帰るはずがありませんでした。
「さてと。尾行しますか!」
 いつものことです。以前にも述べたことですけれど、こればかりはどうしようもありませんね。