創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

20.ステップ・ストップ(2)

 その模擬デートは、終始ミリーがリードする形となりました。レルズは恐縮してしまって、彼女の勧めは一切断らずに従っています。いくつかの店舗を回り、レストランで食事をした後にもそれは変わりませんでしたが、次第に彼も順応してきたのか口数が少しずつ増えていきました。スティンヴと言い合いをするときのような威勢の良さはないけれど、返事をするだけではなくて話を振れる程度の余裕は出てきたようです。
「レルズ君、今度はあの店行ってみようよ」
「はいっ」
「ワタシ一人だとちょっと入りづらいんだよね。弾けないから何か買うわけじゃないし、友達もバンドとかに興味あるわけでもないし」
「な、ならどうして行きたいんすか?」
 彼らが入っていったのは楽器店でした。それほど賑わっているようではなく、客もまばらです。その内の一人がキーボードの前に立ち、試し弾きをしています。二人とも知らない曲でしたが、穏やかで少々物悲しげなメロディでした。
「弾けなくても、歌と同じ音楽だと思うと親近感が湧くっていうのかな……。ワタシね、一回だけ作詞させてもらったことがあるんだ」
「ああ、『ピアニスト』……最後に出したシングル曲っすね」
「え? そんなことまで覚えてるの?」
「はい、……あっ、俺キモいっすね! すんません!」
「そんなことないよ! ワタシもあの曲は一番思い入れが強いから……そっか、そこまで見てくれてる人もいるんだ……嬉しいな……」
 気が動転しかけたレルズですが、彼女の横顔を見て動きを止めました。口ではそう言いながらもその表情には陰りがあって、あまり嬉しそうには見えなかったからです。
 ミリーは続けます。
「先に曲だけ作ってもらったんだけどそれが凄く気に入って、自分で歌詞を付けたくなったの。年末でスケジュール詰まってたのに、無理言って。……結局、予定してた日には間に合わなかったんだけど……」
「お、俺、あの歌気に入ってるっすよ。あ、もちろん全部の歌好きですけど! でも、作詞してるの珍しいなって思って、そしたら前奏からもう今までの他の曲と雰囲気違ってて、初めて聴いたとき、何つーか感動したっす」
「でしょう? 素敵だよね」
 やっとこちらを向いて微笑みを浮かべたので、レルズは息をつきました。そして少し顔色を窺うようにし、おずおずと尋ねます。小柄な彼は、ちょうどミリーと同じくらいの目線でした。
「あの……、復帰は、しないんすか? 俺だけじゃないっす、みんな待ってるっすよ」
「………」
 キーボードが奏で続けていたメロディの音階が滑らかに上がっていって、最後に一番高い一音がか細く鳴り、やがて演奏が止まりました。それからミリーが口を開くまでに、ほんの一瞬の間。
「今は無理だよ。勉強追いつけなくなっちゃうもん」
 そう言い、眼鏡のレンズの向こう側で優しく目を細めます。しかし、彼女の笑顔を今まで何度も見ていた彼には、その微妙な違いを感じ取ることができたのかもしれません。
「……そっすよね。だから活動休止してるんですもんね」
 そうですよね、と笑い返しつつも、目を伏せました。

 夕暮れ時になって、エレナの尾行はバレました。
 低木の影から頭を覗かせているのにミリーが先に気付き、言われてレルズも気付くとバッと駆け寄り、彼女は逃げる間もなく見つかったのです。
「だ、大丈夫よ、何話してたかまでは聞こえてないから!」
「お前……! お前マジでいい加減にしろよ……!?」
 顔を真っ赤にして詰め寄るレルズに、さすがの彼女も苦笑しながら少し押された様子で「お手上げ」をしています。それを背後で見ていたミリーは初め愉快そうにしていましたが、ふときょとんとして質問をしました。
「あれ? エレナ、レルズ君って後輩だよね? なんでタメ口……」
「えっ」
「え?」
 二人が同時に振り向いて、ぴたりと止まります。しばらく三人揃って固まっていましたが、堰を切ったようにエレナが笑い出しました。
「あはははっ、そうよね、年下に見えるわよねこいつ! こんなちっちゃいんだもの!」
「わ、笑うんじゃねーよ! 俺マジで凹むぞ!」
「あははははっ」
 お腹を抱え、うっすら涙まで浮かべています。もしもエレナが男だったなら、レルズはこの場で彼女を叩いていたかもしれません。両肩がプルプルと震えていました。
「ち、違うよレルズ君! ワタシは、その、ずっと敬語使ってたからてっきりそうなのかと……! それにほら、ワタシ去年あんまり学校来なかったから、違うクラスの人の顔よく知らないし!」
 慌ててミリーが弁解しますが、効果があったのかは微妙なところでした。深く、深く溜息をついた後、レルズがすっと鞄の中から杖を取り出し、エレナへ向けて小さく振ります。すると突如として中空にタライが現れ、彼女の脳天へと垂直に落下し小気味よい音を立てました。
「これくらいは許せよ?」
「はいはい。悪かったわよ」
 タライは消滅し、エレナが自らの頭をさすります。
「そんなつもりじゃなかったんだよ、ごめんね」
「い、いや、ミリーちゃんの謝ることじゃないっす! ちゃんと自己紹介しなかった俺のせいでもあるっすから」
「わたしも、顔くらい知ってると思ってたわ。レルズとシザー、たまに学校でも一緒にいるもの」
「へ、何でそこでシザーさん?」
 その繋がりがわからず、不思議そうに瞬きをしました。説明しようと口を開きかけて、しかしエレナはレルズではなくミリーの方を見ます。
 以前話しました通り、先日彼女はシザーの人となりを知って友人の一人となりました。エレナもそのことは耳にしています(というより、翌日の朝一番に彼女自ら聞き出したのですけれど)。
 そのときは何も疑わず、ただシザーへの誤解と恐れがなくなったことに息をつきました。しかし何故でしょう、不意に今そのミリーの様子がエレナの脳裏をよぎったのです。晴れやかな笑顔で報告をしようとして、ここが学校であることを指摘すると手で押さえ、その隙間から綻んだ口元がちらりと見えている、そんな姿。
 恐らく、最も早く「それ」に気が付いたのは当事者たちではなくエレナだったのでしょう。