創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

31.夏休みの始まり(2)

 海水浴場では、泳ぐことは勿論、ビーチボールで遊んだり出店のアイスやドリンクを味わったりもしました。スズライト商店街で行われる祭りに行くため早めに切り上げたので、遊び足りなかったくらいです。
 海の後は、濡れた水着の入った鞄を置きに一旦自室へ戻り、それから寮の前で再び集合して商店街まで向かうことになっていました。部屋を出て、階段を下りようというところで、ネフィリーと合流します。私と彼女は同じ階に部屋がありました。
「あれ、わざわざ髪結び直してきたの?」
 脱衣所でドライヤーをかけるとき髪を解いたはずでしたが、どうやら改めてお団子にしてきたようです。ネフィリーは少し恥ずかしそうにして髪に手をやりました。
「その、何ていうか、この髪型気に入ってて」
「そっかあ。うん、下ろしたのも可愛かったけど、やっぱりそっちが似合ってるよ」
 話しながら階段を下りると、既に全員が揃っていました。私たちで最後だったようです。私たちに気付いて、エレナがこちらを向きました。よく見ると、その隣に見知らぬ女の子が一人増えています。白いシンプルなワンピースに身を包み、猫背気味にも関わらずどの女子より身長が高いその彼女は、ルベリーでした。エレナは彼女を軽く紹介すると、一緒に行ってもいいかと珍しく遠慮がちに尋ねます。当然、私たち二人は快く承諾しました。
「ありがと! みんなならそう言ってくれるって思ってたわ!」
 安心したのか、やっといつも通りの笑顔を見せます。その様子を後ろで窺っていたミリーが、脇から出てきてルベリーの肩にぽんと手を乗せました。
「えへへ、エレナってば強引でごめんね」
「い、いえ……、誘ってくれて……ありがとう」
 長い前髪で顔がよく見えませんが、横に首を振ったとき目元に琥珀色が見えました。肩からぱさりと髪の束が零れ落ちて、自らの腕にかかります。
「うし、じゃ行くか」
シザーが声をかけて、歩き出しました。

 以前、学園祭の出し物を決める話し合いのことを語ったとき、ルベリーに関する話をしましたね。ですが、私が彼女についてきちんと知るのはまだ先のことです。この時点での私は、彼女のことを何もわかっていません。
 後から考えると、エレナ、ミリー、シザー以外――つまり同じクラスである三人以外も皆、ルベリーとは初対面だった可能性があります。ですがその中には、ルベリーの「噂」を耳にしたことがある人がもしかしたらいたかもしれません。そこまでは聞いていませんから、憶測でしかないのですけれど。
 ルベリーは両脇をエレナとミリーに挟まれて、何か話しかけられています。でも、どちらの方にもあまり顔を向けておらず、小さく頷いているばかりでした。一方の私は、彼女らの後方でスズライトのお祭りについてキラにいくつも質問をしていました。
「すぐに着くだろ。相変わらず落ち着きないな」
 そう呆れられても全く意に介さないほど、楽しみだったのです。
 商店街に近付くにつれて人の数が増えてきて、普段よりも浮ついた感じのざわめきもだんだん大きくなってきました。何やら楽器の音色らしきものまで聞こえてきます。入り口のアーチ前では真っ赤な丸い灯りが跳ねるように揺れて、人々を誘い入れていました。その傍に出された屋台から漂う美味しそうな香りが鼻をくすぐり、私たちの足も速まります。
「うまそー! シザーさん、俺何か買ってきましょうか!」
「ぼくは焼きそばな」
「だからお前のは聞いてないっつーの!」
「ワタシは綿あめー♪」
 真っ先に、レルズが無邪気に駆け出していきます。私も早く中へ入ろうと前に出た時に、それは起こりました。
 目の前のピカピカした景色を上から塗り潰すように、暗く深い霧がじわりじわりと広がってきます。灯火と霧の混じり合った不気味な光景に思わず足が止まってしまい、私しか目視できないその霧の流れを辿りました。後方から生じてきているようです。追いかけて振り返ると、更なる異変が目に飛び込んできました。
 ルベリーが両手で頭を苦しそうに押さえて、その場に立ち止まっていたのです。右足を一歩前に出したまま、今にも倒れそうにふらつき、不規則な荒い息を吐き出しています。慌てて私が呼びかけるのと、彼女がうずくまるのが、ほぼ同時でした。
「ルベリー? どうしたの、大丈夫!?」
 傍にいたエレナが屈みこみ、彼女の体を支えます。私たちの声が聞こえていないのか、触れられてやっとエレナに気が付いたようにゆっくりと目を動かしました。乱れた前髪の下で、すっかり青ざめた顔をしています。
 私はその時、彼女が霧の発生源であることをはっきりと確認しました。梅雨入り前、キラとネフィリーに見たのと同じ黒い塊が、真っ白なワンピースの胸元で渦巻いていたのです。あの時よりも小さなものではあったのですけれど、嫌な感じに変わりはありません。霧は確かにそこから溢れ出ていました。
 こちらの騒ぎに気付き、前を行っていたみんなも戻ってきました。ルベリーを囲むような形になって、祭りに向かう他の人たちが私たちを避けていきます。
「とにかく、一回静かなところで休ませようよ」
「ああ、俺が支える」
 私たちはそれと逆行するように、祭りの喧騒から離れていきました。