創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

37.花のともしび

 廃坑を通り抜け再び集合した私たちは、開けた空き地で輪になっていました。

 新月の夜空の下、輪の中心で周囲を照らす魔法の火の玉が一つ。それから、皆の手元で色とりどりの花を咲かせている飛沫が一房ずつ。火薬を詰め込んだ包み紙の先端に火を付け、飛び散る火花の色や様子を楽しむ……所謂、花火です。

 当初は浜辺で行う予定でしたが、急遽スケジュールを変更して肝試しに来たため、場所が変更になりました。ここは、すぐ近くに妖精の森の方から流れている小川があります。エレナが先程のくじと同じように魔法でバケツを持ってきて、そこで水を汲みました。

「動かしたい物と、移動したい場所。この二つを正確に結び付けられれば、取り出すのも片付けるのもパッと一瞬だよ。大きい物を動かそうとするのは疲れるけどね。宿題やったのに忘れてきちゃった、なーんて時もへっちゃらなの! 便利でしょ! ルミナも今度やってみるといいよ」

「忘れる前提なのか……。どこに置き忘れてきたのかは覚えてないと使えないから気をつけろよ」

 バケツが現れる様子を観察していると、ミリーとキラがそう教えてくれました。

 この人数ですから、花火の本数はたっぷりと用意してありました。種類も豊富で、燃えながら色が変化する物や勢いよく燃える物、長い時間燃え続ける物など沢山あります。皆が好きな物を手に取り一斉に火を付けたので、町はずれのこの一帯も小さな祭りが開かれたように華やぎました。周囲で煙が上がり、独特の焦げた匂いが漂います。

 普段はクールなキラやスティンヴ、沈んだ顔をしていたルベリーも、瞳や顔が火花で色づいていて楽しそうに見えました。そんな中、ネフィリー一人が少々浮いた様子でした。……といっても、当時の私自身は花火に夢中で、それに実際に気が付いたのはミリーだったのですけれど。

 ネフィリーは火に照らされた輪の後ろできょろきょろと辺りを見渡し、皆からワンテンポ遅れて花火の先端にゆっくり火を近付けました。火花が弾けて、そのきらめきに人一倍目を輝かせるとその場に立ちすくんでいます。

 その姿に目を留めたミリーは点火前の手持ち花火を取り、ぴょこんと彼女の隣へ駆け寄りました。

「火、貰うね?」

「え? ……ああ、うん」

「どうかしたの?」

「何でもないよ。綺麗だなって思って」

 声をかけられ一瞬はっとしたようでしたが、すぐに笑みを作り、視線を手元へ戻します。勢いよく吹き出る色とりどりの火花が、二人の目の中で同じように光っていました。

「ミリーは、よく花火をするの?」

「うん、家では毎年やってるよ。お店に並び出すだけでもワクワクして、年に何回も買ってもらってたなぁ。ネフィリーは?」

「私……実は、やったことなくて。友達とやるのも初めて」

「そーなの? じゃあ良かったね!」

 ネフィリーは顔を上げ、不安げな目を向けました。薄い白煙がその目元を掠めます。

「転入してきて初めての夏で、いい思い出ができたじゃん!」

「……そっか、うん、そうだね」

 ミリーの明るい声と屈託ない笑顔に、ネフィリーも表情を柔らかくして頷きました。二人の手の花火が、ミリーの方は黄緑色、ネフィリーの方は赤紫色へと鮮やかに移り変わっていきます。

「転入して初めてって意味では、ルミナも一緒――わぁ、ルミナの花火凄いよ! ほら見てネフィリー!」

 ミリーはネフィリーの空いている左手をさっと取ると、私の方へ近づいてきました。ネフィリーは驚いた様子でしたが、私たちと手を引くミリーの後ろ姿を見て目元を和らげます。

 奥でレルズが両手に何本も持って振り回し、それをシザーが笑って見ていました。エレナはスティンヴに何か言って煙たがられているかと思えば、ルベリーに話しかけたりキラにちょっかいをかけたりと歩き回っています。

「ミリー」

 ネフィリーは皆を見ながらしっとりと微笑みました。彼女の手元の火花はだんだんと白くなり、炭酸のように弾けながら煙となって溶けていきます。

「今日、誘ってくれてありがとう。それと、あの、また一緒にどこか遊びに行こうね」

 ミリーはきょとんとした顔で振り返り、嬉しそうに髪を揺らしました。

「うんうん! もちろん!」

 その時、パンッと森の向こうの空でも花火が上がりました。

 商店街の方向でしょうか。続けてもう一発、また一発。大輪の打ち上げ花火を、場の全員が見上げます。飛び散った火花の欠片は流れ星のように降り注ぎ、星空に吸い込まれていきました。

 一日で、沢山のことがありましたね。皆で海に行って、肝試しをして、花火をして。お祭りには行きそびれてしまいましたけれど。

 この花火が打ち上がった時のことは、最も強く鮮明に私の記憶へ刻まれました。年月が経った今も、私はこの夜の光を覚えています。瞳を閉じて思い返せば、いつでもあの花火を感じられるのです。

 この思いが皆も同じであったなら良いと、私は願っています。

 

* * *

 

 あの大輪の花をこんな間近から見上げる日が来るなんて、想像もしなかった。

 私はこの輪の中で、ちゃんと馴染めているだろうか。この花火の中で、一人潰えていないだろうか。あの光が私にあれば、闇に打ち勝つことができたのだろうか。

 この幸せに甘えていていいのだろうか。

 

 今日のような、月の無い夜のことだった。

 凍てついた廊下、明かりの消えた部屋、散乱した陶器の破片と冷えた土、ひび割れた低い声、変わり果てた母の姿、そして、闇から覗く血走った鋭い眼光。

 あの瞬間から私はずっと、暗闇に怯え続けている。

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