創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

27.箒

 スズライト魔法学校の生徒にとって、放課後は最も自由な時間であります。サンローズ校や私の故郷にある学校では原則として部活動を行う必要がありますが、ここにそのような規則はありません。ネフィリーのように趣味の時間に割く者、ミリーのように商店街へ立ち寄る者(上記二つが大半ではありますが)、エレナのように個々で勉学に励む者、それら全てを学校側は容認していました。その根底には、学生は学び舎一つに縛られず自発的に広く生きるべきである、という偉い人たちの意向があります。
 スポーツを好む生徒には、それが顕著に表れました。学校から与えられる「部」という存在がないため、必然的に生徒たちが自ら同胞を募ってチームを結成したり、校外のクラブに加入申請したりするようになるのです。そして私の周りにも、その例に当てはまる少年が一人いました。
 レルズです。彼は国内のスポーツクラブに所属し、週に一度から二度、そこの練習に参加しています。こちらではヴィレイズボールと言うのですが、海の向こうではサッカーと呼ばれるほぼ同等のルールをした競技があるそうです。
 彼らの練習場はサンローズにあります。ホウキレースの会場となった所よりもスズライト側に位置する、一面のグラウンドでした。一団体専用ではなく公共の場所であるため、他に利用者の申し込みがあるときは時間が短くなります。そのような場合も、練習の密度が上げられるので決して楽ではないとのことでしたけれど。
 レルズは真っ赤なゼッケンを脱ぎ、練習着である揃いのTシャツを身に付けたチームメイト達とコート外で体を休めています。ちょうど終了した頃でした。持参したボトルからドリンクを流し込み、タオルで顔を拭く様子は運動好きな少年そのものです。
 平日は学校から直接向かうので、着替えは制服。スポーツバッグは肩に提げ、手では学校の革製バッグを持っていました。バチンと金具を外して、中から縮小された箒を取り出します。すると彼は道の方に見覚えのある顔を見つけて、箒もそのままに駆け出しました。
「あ! ゼクス先輩じゃないっすか!?」
 眼鏡を掛けたその人は紛れもなくゼクスさんで、低空をゆっくりと飛んでいます。サンローズ校指定の紺ズボンとシャツ、緩めに結んだネクタイが風にはためいていました。レルズの声に気付くと飛ぶのを止め、ちょっと驚いた顔をしその場で静止します。
「ホウキレーサーのゼクス先輩ですよね! 初めまして! 俺、スティンヴの友人でレルズっつーんすけど、お願いがあるっす! 箒の上手い乗り方教えて下さい!」
 目の前に来るや否や、レルズは一息に喋り出しました。
「ええと……、スティンヴじゃ駄目なのかな?」
「頼んだことはあるんすけど、そんな時間あるかって即断られたっす」
「なるほど。言いそうだ」
 ゼクスさんが肩を揺らして笑います。
「わかった、いいよ」
「あっ、でも、無理に今すぐじゃなくてもいいっすよ! 次いつ会えるかわかんないし、とりあえず空いてる日だけ聞ければと思って」
「じゃ、今日がその『空いてる日』だ。これから練習しに行くところだったから、一緒に来ればいいよ。それとも別の日の方がよさそうかな?」
 目で、レルズが持つ二つの鞄を指しました。特にスポーツバッグは、小柄な彼が持つと一層大きく見えたのです。しかしそんな視線も跳ね除けるように、両手を腰に当て自信満々の笑顔を向けました。
「大丈夫っす! これでも体力はあるっすよ!」
 箒を元の大きさに戻すと、勢いよく跨ってゼクスさんと並びました。

 二人は開けた草原に出た後、まず箒から降りて荷物も置きました。陽が長くなったおかげで、街灯が無くても視界はよく飛行に問題はなさそうです。
 私からして見れば、レルズの箒の腕前に問題はなかったと思います。しかし彼が求めていたのは更にワンランク上のスキルであるらしく、その訳は「かっこよかったから」だけとのこと。きっと少年だからこそ感じる、単純な憧れがあったのでしょう。
「大会みたく派手なことはできなくてもいいんすけど、スピード出すコツとかないっすか?」
「コツというか……。そうだね、君は箒の出せる速度にそれぞれ限界が決まってるってことは知ってるかな?」
「え。初耳っす」
 早く乗りたそうに箒を構えたままのレルズに対して、ゼクスさんは居住まいを正しました。
「何が違うと思う? ヒントは、飛行も魔法の一部であるってこと」
「ええー? 高級なやつほど速くて性能いいとかっすか?」
「これが、そうとも限らないんだ」
 箒を宙に浮かせて空を飛ぶことは、最もポピュラーな魔法の一つであります。しかし、基本的には杖を手に持たないで魔法を使うことはできません。では、なぜ飛行は誰でも杖無しでできるのでしょうか。その答えは、箒と杖は同じ原材料――妖精の森の木で作られているから、つまり箒が杖の役割を担っているからだというのです。
「全ての魔力の源は妖精にあるそうだからね。どんな箒でも、軸になっているのはあの森の木だ。だからその辺の適当な棒では飛べないのさ。でも、重要なことは別にある」
 同時に、箒は魔力を介する「器」でもあります。器というのは例えば恋のまじないに使う意中の相手の持ち物や、特定の誰かに呪いを試みる際に用いる人形などのことです。それらに込められた思いが強いほど高い効果を得ることができるということは、既に国の研究者らによって証明されています。これが箒の場合は、術者自身の思いだと言えるでしょう。その箒にどれだけ愛着を持っているか、思い入れがあるかによって、術者の実力を超えた力すら発揮する可能性があるのです。
「端的に言えば、大切に扱っていればいるほど箒は応えてくれるということだ。わかったかな?」
「むむむ……何か学校の授業みたいっすね……」
 聞き終えたときには、レルズの腕からはすっかり力が抜けていました。
「勿論、速度が上がれば上がるほど本人の高い操縦技術も要求される。でもここに来るまでの君の様子からして、そこは大した問題にならないとボクは思うよ」
「マジすか! 俺才能あるっすか!?」
「あるとも。姿勢もいいし、あの荷物があってもバランスを維持できるようだからね」
 ついさっきまで眉を寄せて唸っていたのが一転して、ぱっと明るい顔つきになります。それを見てゼクスさんは優しく微笑みました。

「そう言われてみると、先輩の箒も結構使い込んでる感じっすね」
 大会で乗っていたのと同じ、古ぼけた箒です。レルズの物に比べると樹皮は剥き出しで、先端部分がパサパサになっていました。幼い頃両親に頼んで買ってもらった誕生日プレゼントだと、彼は言います。
「ボクがあまりに早くからねだってたものだから、もう何週間も前に買ってしまって当日まで隠してたんだって。その間、弟がこっそり文字を彫ってくれてたんだ。彫刻刀なんて初めて握ったくせに、下手な字で。……宝物さ」
 ゼクスさんはガタガタの線で柄に彫られた不格好な「S」の刻みを指でそっと撫でながら、レルズに顔を向けました。
「君は少し弟に似てる。昔、今みたいに箒のこと教えたのを思い出したよ」
「先輩はかなり昔っから箒乗ってんすか?」
「真似事なら子供の頃からね。あんまり覚えてないけど、ボクもホウキレーサーがかっこいいと思ったから始めたんだったと思うよ。そういえばスティンヴはどうなんだろう?」
「多分ですけど、同じじゃないっすかね? あいつ大人ぶってますけど案外ガキっすから」
 本人がいないのをいいことに笑いながら言い、
「今日のこと、あいつには隠しといてほしいっす。俺も秘密にするんで。何かバレたら蹴られるような気がするんすよねー」
「……仲はいいんだよね?」
「んー、まあ、一応は。ダチとしてスティンヴのことは応援してますけど、俺は同じくらい先輩にも頑張ってほしいんす! 先輩に負けた後のスティンヴはすっげー機嫌悪いんすけど、それでも!」
 拳を握って力説します。ちょうどゼクスさんとレルズの身長差は兄弟のようでありました。それはゼクスさんも感じていたのかもしれません。「ありがとう」と一言言って眼鏡の向こうで細めた目は、さながら優しい兄のものでした。