創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

47.踏み出す一歩

 リアスさんに案内されながら、先程の客間へと戻ります。

 扉側に背を向けてソファに腰かけた黒髪の人影と、片足をぶらつかせてその背もたれの後ろから身を乗り出しているネビュラがいました。ネビュラは私たちに気が付くと、振り向きながら少女の肩をポンポンと笑顔で叩きます。

「ほらメアリー、来たよ」

 バッと立ち上がって長髪をなびかせながらこちらへ振り返ったその少女の顔立ちは、ネビュラと瓜二つでした。首回りが大きくすっきりと開いた薄手のブラウスの胸元で、パウダーブルーのつややかなリボンがひらりと揺れます。編み込まれたラメが控えめに輝いていました。

「あっ、ええと、その……こ、こんにちは」

「……ああ」

「………」

 二人が一言だけ挨拶を交わします。彼女もキラもぎこちなく、互いに目線を合わせません。華奢な彼女の姿がより一層儚く切なげに見えました。

 ソファを回り込みネビュラの隣に並ぶと、私の方を向いてにわかに顔を赤く染めたままはにかみます。

「リアスとネビュラから、伺っています。貴女がルミナさんですよね。初めまして、メアリーといいます」

 両手を体の前で恭しく揃えて深々お辞儀するメアリーに、慌てて私もぱたぱたと背筋を伸ばして頭を下げました。

「ああ、そんなに畏まらないで。楽にしてください。同い年なのですから、普通に接していただいて、大丈夫です」

「は、はい。じゃなくって……うん」

 メアリーが柔らかく微笑みます。雰囲気や言い方は大きく違っているけれど、姉妹揃って同じことを言うんだなぁ、と心の中で呟きました。

「アタシみたいに呼び捨てしちゃっていいからね」

「ええ。そうしてください」

「メアリーが堅っ苦しくて暗いのは変えられないから、慣れて」

「も、もう、ネビュラっ」

 二人の顔つきや背丈、髪の長さはそっくりでしたが、会話の様子を見ていると、似ていないところも沢山あることがわかりました。目つきも、笑い方も、性格も、口調も、喋る速さも、服装もまるで対照的で、双子とは言うけれど異なる点も多いようです。

 少なくともこうして話している限りは、区別がつかなくなるような心配はなさそうで安心しました。

「んじゃ、顔合わせも済んだことだしアタシはあっちで遊んでるわね。ルミナも来ない?」

「ま、待って!」

 私とキラの脇をひらりと抜けて部屋を出ようとしたネビュラのことを、メアリーが悲痛な声を上げて引き留めます。驚いてそちらに目をやると、メアリーは両手を握り合わせて懇願するようなポーズでうろたえていました。

「一緒に聞いてくれるんじゃないの……?」

「イヤ。つまんなさそうだもん」

 ネビュラは取り付く島もなく、きっぱり言い切ってしまいます。

「じゃ、じゃあせめてルミナさんはここにいてくれませんか?」

「えっ、でも……私は興味本位でついてきただけというか……」

 すがるような目で見つめられて、私は咄嗟にキラの方へ視線を逃がしてしまいました。

 ここまで来ておいて何を今更、と思われるかもしれませんけれど、二人の話を部外者の私が聞いていいのか、というためらいがありました。キラも私がいては話しにくくないだろうか、という懸念もありました。

「キラ、私邪魔じゃないかな?」

「そんなことはっ」

「お願いします!」

 そんな私の思いをよそに、双方向から強く言われてたじろぎます。とても断れず承諾すると、メアリーは本当に安堵したらしく深く息を吐き、キラはシャツの襟で口元を隠すように汗を拭いました。

 それを静かに見ていたネビュラは、聞こえるか聞こえないかの小さな声で「意気地なし」と零すと壁の向こう側へ消えていきました。「外へは勝手に出ないでくださいよ」というリアスさんの忠言には恐らく聞こえないフリをして、振り返ることもありませんでした。

 

 私はメアリーの横に並んで座りました。先程までとは異なり、今度はキラと向かい合う形になっています。壁際には、私と同様に同席してほしいとメアリーに頼まれてリアスさんが控えていました。

 改めて淹れ直された新しい紅茶には誰も手をつけていません。キラもメアリーも膝の上で両手をこわばらせていて、身動きをとる気配がまるでなく、私一人が呑気に紅茶を味わえるような雰囲気では到底ありませんでした。漂う甘い香りとは裏腹に、空気がずしんと肩にのしかかっているようです。

 壁掛け時計の秒針の音だけが響き、ついにいたたまれなくなってきた時、ようやくぽつりと一言発したのはキラでした。

「――……手紙」

「はいっ」

 ビク、とメアリーの肩が大きく跳ね上がります。

「手紙の返事、返さなくて悪かった」

 静かな謝罪の言葉と共にキラが頭を下げると、メアリーは手を胸の前で広げ小さく横に振りながら恐縮しました。

「い、いえ、そんな、いいんです、気になさらないで。私の方こそ……キラさんの負担になってしまっているのに気が付かなくて、ごめんなさい」

「それは違う。お前が謝ることは何もない」

「ですが……その、お忙しいのでしょう? お兄様のことも、まだ……」

「!」

 今度はキラの肩が震えました。頭は下げたまま、前髪が彼の表情を隠しています。

「お兄さん……?」

 話が呑み込めず尋ねてみても、キラは動きません。代わりにメアリーが答えます。

「……ルミナさんは、聞いていないのですね。キラさんの兄、ソラさんは……半年ほど前から、所在がわからなくなっているのです」

「えっ……!?」

 ぎゅっと胸が詰まりました。全く知らなかったことでした。

 メアリーも沈痛な表情で目を伏せます。

「実は、私の知人でも同じように行方不明になっている方がいて……。そうだ、ルミナさん。ティティさんという女性をご存じではありませんか? 緑色の髪を長く伸ばしていて、少々気の強い方なのですが」

「ううん、ごめん……」

「そうですか……。すみません、話が逸れて。彼女のこととソラさんのことは、時期が近いのです。何か関連性があるかもしれませんから、こちらでも引き続き捜索を続けますので……」

「いいんだ」

 キラがメアリーの言葉を遮って止めました。小さな、けれど硬くて冷ややかな声。

 前髪の切れ目から少し見えたその瞳は険しく、テーブルの脚のところを睨みつけています。悲しみというよりも、怒りに近いような感情が滲んでいました。

「ソラ兄のことはオレが、自分で……確かめたい」

「確かめる、ですか?」

「あいつのことを話しに来たんじゃない」

 この話はもう終わりだ、と打ち切るようでした。その冷たさにメアリーは全身をこわばらせ、おずおずと俯きます。キラがハッと弾かれたように顔を上げて何か言おうとしたけれど、声にならないまま口をつぐんで、彼もまた下を向いてしまいました。

 キラの心の動きが、私には手に取るようにわかります。

 でも、メアリーはどうだったのでしょうか。彼の目が後悔と迷いに揺れていたことを、メアリーはわかっていたのでしょうか。

「あの。……メアリー」

 気付いたときには、私は彼女の両手を取っていました。

 その手は小さく、すべすべしていて、まるで陶器のよう。水晶玉みたいに透き通った瞳が大きく開かれ、私の姿が映ります。こうしてすぐ傍で見るとメアリーは本当に美しい少女で、同性の私も見惚れてしまいそうなほどでした。

 礼儀も何もかも吹き飛んでしまって、私はただ微笑みかけました。指先が震えそうで、どうにか作ったその笑顔も少しぎこちなかったかもしれません。

「えと、キラの話を聞いてほしいの。お願い、キラの目を見て」

 私の言葉を聞いたメアリーの瞳から、驚きと怯えの色が静かに薄れていきます。彼女は何も言いません。握られた両手もそのままに、不安そうに眉を下げて、そっとキラの方へと顔を向けます。

 それを追って私も振り向くと、メアリー以上に驚いた顔をしてこちらを見ていたキラとバチリと目が合いました。私の行動は、彼にとってもそれほど想定外のことだったでしょうか?

 彼の視線を受け止めて、私は心の中でメッセージを送ります。

 ――大丈夫、私もついてるよ。きっと伝わる。だから、安心してね。

 小さく頷いて微笑みを向けると、彼の顔つきが変わりました。これまでとは違う、確かな光を宿した真剣な眼差し。

 キラが私に頷き返します。

 メアリーの手が、私の手からスッと離れました。細い指で胸元のリボンをそっと包むと、キラを見つめます。

 彼はもうその視線から逃げませんでした。

「今日は言いたいことがあって来たんだ」

「……はい」

「お前やオレたちの両親が、オレに期待してくれてるのはわかってる。けど……もう少しの間、オレに時間をくれないか」

「……時間を?」

 少し怪訝な様子でメアリーが反芻します。

 キラは態度を崩さず話を続けました。

「……正直に言うと、オレはスズライト家を背負う覚悟も自信もない。だから今まで、中途半端で、お前と向き合うことができなかった。でもこのまま自分を押し殺してたら誰のためにもならないって、気付いたんだ。話を白紙にしたいんじゃない。勝手を言ってるのはわかってる。けど、それでも、少し考える時間が欲しい」

 膝の上に手のひらを添えて、ゆっくりと言葉を探りながら。真摯に、真っ直ぐに、沢山の思いを込めて。

「卒業までには……はっきりさせる。それまで待ってほしい。頼む」

 最後まで言い切った後、頭を下げました。

 時計の分針が一際大きな音をカチリと鳴らします。

 メアリーは黙ったまま。

 私は、祈るような気持ちで彼の言葉に耳を傾けていました。

 そのため、ずっと壁際にリアスさんが立っていたことを失念していて、彼がメアリーの傍へ近寄ってきていたことにも気付いていなかったのです。

「お嬢様」

「うひゃあっ!?」

 急に至近距離で聞こえた彼の声に大袈裟な驚き方をしてしまったのは、申し訳なかったと思っています。

「……リアス」

 リアスさんはテーブルの横まで来ると、メアリーへ向け片膝を立てて腰を落としました。彼女を見上げて、無言の言葉を交わします。瞼の裏で彼が何を考えているのか、こちらから窺い知ることはできません。

 ですがメアリーだけは違ったようで、しばしの沈黙の後、彼女も意思を決めた顔つきへと変わりました。居住まいを正すと、身構えて返答を待つキラに目線をしっかりと合わせます。

「キラさん。話してくれてありがとう。私たちは……貴方がずっとそのように悩んでいたことを、知っていました」

 キラの目が見開かれました。

「知っていて、何も言うことができませんでした。私が怯えていたから……弱いから……。今だって私は、別れを告げられるのだろうと思っていました。もうここには来ない、手紙もやめてほしい、と告げられるのだろうと……」

「っ、それは」

「違うのですよね」

 メアリーはそっとかぶりを振ると、少しだけ眉を下げて微笑んでみせました。どことなく申し訳なさそうな、遠慮がちな笑顔でした。

「私は、できることならば、貴方と……、いえ、この家のために、貴方に手を貸していただきたいです。きっとお父様も、同じように思われています。ですが、キラさんのお気持ちを無視してまで押し付けるつもりなどありません。こうして今日まで、貴方が悩んでいる間ずっと、何一つできなかった私ですが……信じていただけますか?」

「ああ。……感謝する」

「また、手紙を出してもいいですか?」

「構わない。オレももう返事は遅れさせない。負担なんかじゃないからな」

「はい。貴方の言葉を、信じます」

 二人の返答ははっきりとしていました。リアスさんが、片膝をついたままキラの方へと体の向きを変えて深々と礼をします。それにどれだけの想いが込められていたのか、私にはわかりません。しかしキラとメアリーは、彼が頭を上げるまでじっとその姿を見つめていました。

 メアリーがようやく笑顔になります。今までのものとは別人のような、力強い意思が感じられる表情でした。

 それはさながら、ネビュラのように。

「ありがとう。……待っていますね、キラさん。貴方が伝えてくれる想いなら、たとえそれがどんなものであっても、私は受け入れてみせますから」

 この瞬間、そこにいた彼女は誰よりも美しく笑っていました。

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