創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

59.ハピネス

 臨時のロングホームルームが解散になり、キラと少しだけ話をした後、私はすぐに隣のクラスへ向かいました。授業の時間まで僅かな時間しか残っていなかったけれど、向かわずにはいられませんでした。

 昨日の黒雲を見てから、私は一度もルベリーの姿を確認していません。何があったのかもパルティナ先生から聞いた話が全てで、今の彼女たちがどうしているのか、どうなったのか、ということはよくわからなかったのです。大人しく座って待ってはいられませんでした。

「ルミナ」

「わ!」

 同じタイミングで、ばったりと鏡合わせのように、向こうの教室からエレナがやってきたところでした。陽が差し込む窓の前で、二人立ち止まります。

「エレナ、あの、昨日のことで……」

「わたしも、あれからあったこと、ルミナには話しておかなきゃと思って」

「さっきパルティナ先生から聞いたの。ルベリーは、今年になってから心の声が聞こえてくるようになって、ずっと悩んでたって。それで、コミュニケーションがうまく取れなくて、クラスもギクシャクしちゃったんだって……。エレナがルベリーを捜してたのも、そのことが関係してるんだよね?」

「そう、もうそこまで話してもらってるのね」

 エレナはそう言いながら教室を振り返りました。

「きっと大丈夫よ。今は見守っててちょうだい」

「えっ?」

 その微笑みの先を追いかけると、私の知らない女子生徒とルベリーが窓際で向かい合って何やら話をしていました。

 小麦色の肌の少女は、手首に赤いサクランボ柄のシュシュを巻いています。ルベリーの表情は長い黒髪に隠れてあまり見えませんが、小さく口を動かしているのがわかりました。

「あ、ルミナはリーンと話したことなかったかしら。あの二人、ルミナが越してくる前に……ちょっと色々あったの。だけど、やっと仲直りできそうだわ」

「エレナは一緒にいなくていいの?」

「ええ。二人だけで話したいって、あの子……リーンが」

 こくんと頷くと、再びこちらに振り向きました。

「この後、一時間目も少し話し合いが続くの。元々ギアー先生の授業だから、時間使ってもいいって。……実はわたし、今日は学校に来るのがちょっぴり怖かった。でも、ルベリーがあんなに頑張ってるんだから、わたしもちゃんとしなきゃね!」

 エレナは両手を握って力を込めたポーズを取り、パッと笑います。そこにはもう、黒い渦が心を苛んでいないか心配する必要などないように思えました。

 また後でね、と手を振って教室へ戻るエレナの向こう側に、ギアー先生が佇んでいます。瞳を閉じたその表情は落ち着いており、生徒たちへの信頼が表れているかのようでありました。

 

 その数時間後、移動教室からの帰り際に、私はもう一度隣の教室をちらと覗いてみました。エレナを中心とした輪を見つけ、その中にミリーとルベリーの姿もあることを確認します。先程の女の子、リーンは輪の中心から少々外れたところにいました。

 ガヤガヤとしていて、話の内容は聞こえてきません。けれど、ミリーに肩をポンと叩かれて、戸惑いの残る笑みをこぼしたルベリーの顔を私は確かに見ました。

 夏休みの、海辺や祭りへ向かう道中で彼女たちが同じように会話していた場面が頭に浮かびます。あの光景と、何も変わりません。

 自然と笑顔になりながら、私はそのまま教室の前をスッと通り過ぎていきました。

 

 それから、およそ一年経った頃に、ルベリーがこの日の話をしてくれたことがありました。あの時、リーンと二人で交わした会話の内容は、決して甘い仲直りではなかったと。直接伝えてはいないけれど、それはエレナも察していることだと。

『私は……聞こえてきたみんなの心の声を、勝手にバラすなんてしません。なるべく意識しないようにするし、態度も変えないように……努力します。約束、します』

『でも知ってるんでしょ? 覚えてるし、聞こえてるんでしょ? 何なら今だって……』

『………』

『……ごめん。けど、あたしは、エレナみたいにはやれないから……。本当……ごめん』

 声を詰まらせ目を伏せてしまったルベリーに、リーンも唇を噛み締めて苦しげな顔で俯きます。薄いカーテンに浮かび上がったリーンの影は波打って揺れていました。

 ひた隠しにし続けた本心はとうに気付かれていて、胸に秘めた思いも常に覗かれ続ける。それに嫌悪や憤り、恐怖を感じていることすらも、彼女には悟られてしまう。ルベリーの事情とその苦しみをわかっていても、リーンには受け入れ難いことだったのです。

 あの時彼女は、他の友達と同じようにルベリーと仲良くすることはできないと、断っていたのでした。

 悲しくなかった? と私が尋ねると、ルベリーは穏やかな顔でかぶりを振って答えました。

 覚悟の上。皆に許されるはずがないことは想像できていた。むしろ、リーンが面と向かって正直な心を伝えてくれたのは、真剣に自分と向き合ってくれた証拠。それだけでも自分には充分だ、と。そう語る彼女の顔は晴れ晴れとしていました。

 また、リーンが話したのはそれだけではありません。もう一つ、クラス替え直後の昼休みに怒鳴りつけてしまったことへの真摯な謝罪が添えられていました。それはルベリーの傷を大いに癒したのでしょう。

 二人の間の距離は開いたままです。けれど、互いが互いを避けていた頃からは確かに変化していました。

「友達だから……私たちはあれで良かったんだと思う」

 青空を仰いで、ルベリーは当時をそう振り返ります。

 対話し、相手のことを知り、思いを伝え合った上で、二人は交わらない道を選びました。私の知らなかった、友達の形でした。

 事の顛末を聞いたとき、私は少し寂しい気持ちになったけれど、それは部外者の傲慢だったのでしょう。他でもない当人自身が納得しているのだから、私が意見することではないのです。

 きっとそれは彼女なりに考えて見つけ出した、「幸せ」の一つなのでした。

 

 人の心を読む力のある女子生徒がいる、という話は、その取り扱いの大きさの差こそあるけれど、クラスや学年を問わずに全校生徒へと知らされました。しかし、どうやらその噂が大きく広まることはなかったようです。あらかじめ先生方が念を押しておいたこともあり、皆の気持ちにも多少のブレーキがかけられていたのだと思われます。

 それに加えて、学園祭という一大イベントが目前に控えていたり。ルベリーとの接点がない他学年の生徒にはクラスや名前までは話されていないため、さほど関心が続かなかったり。そして、既に一人、強い注目を浴びている生徒がいたり。そうした状況が重なり合い、ルベリーが奇異の目で見られる機会は少なく済みました。

 依然として上書きされず、有耶無耶に消えることもなく、校舎にも街中にも根強く残っている噂話。

 その渦中の彼女は、ルベリーのすぐ隣に。

 鮮やかな桃色のツインテール、小柄な体に、ぱっちりとした大きな瞳。風に吹かれるコスモスの花のように可愛らしく笑顔を振りまく彼女はよく目立ち、教室の隅にただ立っているだけでも人の視線と心を惹きつけていました。

「ルベリーにはわかってる、ってことなんだよね。ワタシの考えてること。昔のことも……かな」

 朗らかに跳ねる声は、いつもよりトーンが落ちています。

「ご……ごめんなさい……」

「むぅー……、えいっ」

「ひゃう……!?」

 長身のルベリーに爪先立ちで両手を伸ばして、うなだれた頬をむにっと摘まみ、ミリーは上目遣いで首を傾げました。

「謝りすぎ良くない! これからはもう、ごめんなさい禁止だよ! ね?」

 驚きと焦りで目を見開いたまま頷くルベリーを見て可笑しそうに笑うと、手を大きくぱっと広げて放します。

「よろしい!」

 満足げな笑い顔。

 しかし、まだ戸惑いが収まらない様子のルベリーを見つめ返すその目の光はだんだんと弱まり、影が落ちていきました。

 一歩後方へ下がり、片手を後ろへ回してもう一方の腕を抱きます。少し胸を逸らせて、セーラー服のリボンがひらりと揺れました。

「ワタシは大丈夫。もう……逃げない、ちゃんと向き合うよ。……だから、応援してね」

 

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