創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

88.空の器を満たすように

 交代の時間には間に合いました。あまり忙しそうでもなく、和やかな様子です。安心してクラスメイトと当番を入れ替わります。

 ほどなくして、ティーナが来店しました。

「ルミナー! 遊びに来たよ!」

「早いね! いらっしゃいませ!」

 いつものようにリボンを結んだポニーテールのシルエットと、はきはきした声ですぐにわかります。ティーナは小ぶりなショルダーバッグを提げ、丈の短いフード付きワンピースの下にスパッツを合わせた快活な格好です。受付で道具を受け取って真っ直ぐに私の傍までやってきます。

 その途中、近くにいたネフィリーに視線を向けて動きを止めました。

「……緑色の、長い髪」

「え?」

 ティーナはじっと品定めでもするような目で、ネフィリーの顔を見つめます。私も初めて会ったときに似た表情で見つめられたことがありましたので、彼女に悪気はなく単なる癖だったのかもしれません。

 パッ、とすぐに元通りの顔つきに戻りました。

「ああ何だ、あなたか。髪型可愛いね」

「あの……どこかで会ったことある? わからなくて……」

「わたし商店街の喫茶店でバイトしてるんだ。何回か来てくれてる同い年くらいの女の子だから、顔覚えてたの」

「凄い、今のティーナ、店長さんみたいだね!」

「あははー、あそこまでじゃないよ。たまたま」

 私が声を上げると、ひらりと手を振って否定しながら笑いました。

 ネフィリーは少々怪訝な顔をしつつも、人見知りをしないティーナの調子に引っ張られていたようです。

「ちなみになんだけど、年の近い姉妹とか親戚とかっている?」

「ううん、いないよ……?」

「そ。じゃあわたしと一緒だね」

 少しの間、ティーナはネフィリーにも興味を持って話しかけていました。

 

 私たちのクラスで出店しているボール掬いでは、店番といっても、これといって準備すべきことや大変な仕事はありません。教室内で待機する私たちは、制限時間をカウントすることと賞品を渡すことが主な役目です。時間内に、あるいは受付で配るお椀型のモナカが三枚全て破れるまでの間に、より多くのボールを水の中から掬えたほど良い賞の景品を獲得することができます。

 私は教室に入る前に、受付の机に立てかけてあるコルクボードの賞品一覧を確認していました。品切れになった賞には目印の貼り紙をすることになっているのですが、まだ午前中ということもあってどれも残っていたようです。

 僅か数点しか用意していない一等賞は、東の海を渡った先の外国から輸入された置き時計でした。元の値段を単純に見ても、これが最も高価な品物です。私の故郷も含むこちらの大陸では歯車で動く物が一般的ですが、電気仕掛けのそれには透明な文字盤に数字が浮かび上がっていました。

「こんな物まで、色々あるんだねー」

「みんなが自分の欲しい物を挙げてったらこうなったの。バラバラでしょ」

「ううん、いいと思う」

 どの賞を目指すのか尋ねてみますが、ティーナは笑顔で首を捻るばかりです。答えを決めないまま、自然体でビニールプールの横にしゃがみました。

 そして、さらりと一等賞のノルマを突破したのでした。

 未使用のモナカを一つ残しているほどの腕前です。水槽の向かい側で見ていた私は、途中から時間を数えることを忘れて見とれてしまいました。

「似たようなゲーム、サンローズの文化祭でもやったなあ。道具は違ったけどコツは似てるね」

 ティーナ本人は何事もないような顔をしています。彼女よりも観客の方が盛り上がっていたくらいです。

 拍手まで湧く中、私がロッカー上の景品棚に並ぶ時計の箱に手を伸ばすと、ティーナはそれを止めました。口元に手を当てて目線を落とし、考える仕草をしています。

「下の賞選ぶのはアリ?」

「えっ、駄目って決まりはないけど、いいの?」

「うん! それじゃなくてあっちの、お菓子セットください!」

 顔を上げてティーナが指差したのは、今朝ミリーがもらっていった四等賞の景品でした。

 参加賞の勲章を添え、頼まれた通りにお菓子の詰まった袋を渡すとニコニコと話し出します。

「いっぱい種類あるから飽きないだろうし、二人で分けられるし。うん、これがいい。……本当言うと、参加賞だけでもいいくらいだけど。これが一番喜びそうなんだよね。いかにも学園祭、って感じだから」

 ティーナは、色紙と接着剤でできているささやかな勲章を愛おしそうに見つめました。

 彼女の基準は、屋敷の都合で学園祭へ来られないメアリーとネビュラへのお土産にするのなら何が良いか、という一点のみでした。

 二人が実際に何か要求していたのかどうかは、私は知りません。全てティーナの推測だという可能性も考えられます。ですが、私は彼女の言葉と想いを正直に受け入れていました。

「ルミナとキラもこれ作ったんだよね。キラと折り紙……似合うような、似合わないような」

「それも二人にあげるの?」

「うん、そのつもり。……ルミナ?」

 そそくさとティーナの傍から離れて、再びロッカー側へ向かいます。

「もう一つ参加賞あげてもいい?」

 クラスメイトに尋ねると、不思議そうに私の様子を見ていたティーナはその目を丸くして瞬きをしました。

 ゲームには再度料金を払えば繰り返し挑戦できますが、参加賞は何度遊んでも一人一個です。とはいえその理由は、複数もらっても仕方のない物だからというだけのこと。

 あえて私の本心ではない冷めた物言いをするのならば、これは何の益にもならないガラクタであります。

 そうだとしても、この日のこの場でしか手に入らない物として価値を見出してくれるのなら、メアリーにもネビュラにも手に取ってほしいと私が思ったのです。

 幸い、クラスメイトたちは皆「余るよりいいよ」と快諾してくれました。私は入れ物の箱をがさごそ探り、自分が折った覚えのある色を探します。

「えっと、キラが作ったのはわかんないけど、多分これは私の。ちょっと曲がってるから……。これでも、良かったら」

 二人にあげて、と差し出すと、戸惑っていた表情がゆっくりと綻んでいきました。不格好なその勲章を、大事そうに両手で受け取ります。

「これがいいな。絶対に二人とも喜ぶよ」

「あっ、待って! もう一個ないと、今度はティーナの分がなくなっちゃうね!」

「え、わたしは別にいらな……」

 慌ててロッカー側に引き返そうとしましたが、ティーナが声を上げたので立ち止まって振り返りました。

 けれど、ティーナは口を閉ざして首を横に振ります。

「……何でもない、今の無し。ありがと、ルミナ」

 静かに、なぜか寂しげにも見えるような微笑みを浮かべました。