創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

91.跳ね回る偶像(1)

 昇降口まで連れてこられたシザーは、乱暴にガツガツとつま先を床に叩きつけて靴底に付いた砂を払います。ティーナはもう一度スリッパに履き替え、仁王立ちでシザーを待ち構えて見張っていました。その様子を、顔見知りの生徒が通りすがりに好奇の目を向けていきます。居心地の悪さを感じました。

 ティーナはシザーの手首を掴み上げ、彼を引きずるようにして廊下を進んでいきます。シザーが声を荒げても、足を止めるどころか振り向くこともありません。

「もういいだろ、離せよ!」

「駄目。いつ逃げ出すかわかったもんじゃないし」

 唐揚げ屋の前を通るシザーたちのことを、先程まで列の最後尾に並んでいた長髪の女性が目で追っていました。行列の長さはあまり変わっていませんが、順調に進んでいるようです。彼女は列の先頭に来ていました。

 シザーがその視線を追い払うようにガンを飛ばすと、女性はサッと目を逸らしました。手短に会計を済ませて紙コップを二つ受け取り、二人の進行方向とは逆の廊下へ小走りで去っていきます。

「何、いたの?」

「いや、……っつうか歩くのはえーよ! 捜せねえだろうが!」

 言い合いをしながら、シザーとティーナも人混みの中へと入っていきました。

 

 少々時間を遡り、キラが教室へ戻ってきたのは正午を回る直前くらいでした。

 キラの当番は私やネフィリーたちとの入れ替わりです。帰ってきたキラは、傍目にはどこもおかしなところなど無いはずなのに、今朝とは少し雰囲気が変わっているように見えました。一瞬、その周囲に薄く黒い霧を纏っていたような気がしたのです。

 もしかして何かあった? と遠慮がちに尋ねるとキラは少し目を見張り、すぐに伏せます。

「別に何も……いや。何かがあった『ように見えた』か」

「えと、それは……」

「でも本当に大したことじゃない。気にするな。……どうしても気になるなら後で話してやる。これから、昼だろ」

 キラは小さく息を吐き出して、話を打ち切りました。私もそれ以上は尋ねられませんでした。

「どこも混み出してたから、早めに行っておけよ。無くなるぞ」

「もういっぱい並んでたりした?」

「そうだな、場所にもよるが。意外と三階の喫茶店がかなり混んでた。……係の生徒が、スティンヴに似てたと思うんだが……」

「三階のって、あのお屋敷風の? スティンヴなら私たちが朝行ったときにもいたよね、ネフィリー」

「そうだね。午前中ずっと当番って、ちょっと長くない?」

「じゃあ、別人か。……あれは別人だよな……?」

 何を見たのでしょうか、そう繰り返す口ぶりは自分に信じ込ませるかのようでした。

 入口の扉の前で話していると、キラの後ろで歓声が上がりました。少し前にも聞いたような盛り上がりでした。声は隣の教室前の廊下から聞こえたようです。

 見ると、隣のクラスの前に列ができています。歓声を上げたのはそこに並んでいる人々で、その反対側からミリーがやってきて胸元で手を振っていました。この間に教室かロッカーに置いてきたのか、ボール掬いの景品で渡したお菓子の袋など何も手にしていません。

 ミリーは私たちの教室の前で立ち止まると、笑顔で後方を見上げます。

「送ってくれてありがとうございました、バレッドさん!」

「………」

 ミリーの後ろ、教室の扉の横から、ぬっとバレッドさんの横顔が出てきました。ネフィリーが一歩後ずさって表情を険しくしています。ミリーに付いてきていたのはバレッドさん一人でした。

「あれ? パリアンさんは?」

「お店の休憩時間を過ぎちゃう、って、先に帰っていったよ」

「そうだったんだ、残念。遊んでいってほしかったな」

「ねー。今度、ルミナたちもフェアスタに遊びに行ってみて? 絶対喜ぶから」

「………」

 バレッドさんは一言も口を開くことなく、教室内を一瞥だけして、用は済んだと言わんばかりに踵を返します。彼の背中に向かってミリーはもう一度お礼を告げましたが、何の反応も返さずにのろのろと歩いて去っていきました。

 少しして、彼がいなくなるのを待ってからネフィリーが近付いてきます。

「大丈夫だった?」

「うん、バレッドさんのおかげでね!」

「そう……。隣、凄い行列できてるけど、あれって全員ミリーを待ってるの?」

 隣のクラスの入り口から向こう側まで長々と伸びている列の熱気に、ネフィリーは少々押され気味で心配そうです。ミリーは微笑んでみせると、グッと両手で握り拳を作りました。

「張り切らなくっちゃ! お昼は一番の稼ぎ時だもんね、頑張るよー!」

「なら喋ってないで、早く行った方がいいんじゃないのか」

「ん、そうだね。こんなに沢山の人が来てくれてるのに、待たせちゃ悪いよねっ」

 キラに促されて教室前での立ち話を止めると、くるりと振り向いてざわめきを掻き消すくらいの声を上げます。

「ご来店ありがとうございますー! 準備するから、あとちょっとだけ待っててね!」

 ミリーの言葉を受けて、大きな声援が再び空気を揺らしました。