創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

93.トワイライト(1)

 私が一人で講堂へ向かって、少し後にネフィリーも教室前から移動します。ミリーへの差し入れ用に、別のクラスの模擬店で冷たいジュースを買って戻ってきました。

 ミリーの当番の時間は残り僅かになっています。しかし列はまだ続いていて、賑わいにつられて見物しているだけの人の数も増えていました。

 先程まで私とネフィリーが立っていた、教室の中が見える位置は他の物見客で埋まっています。そうした場所はほとんど陣取られていました。出入口の前まで近付くこともできず、背伸びをして人々の隙間から顔を覗かせてみても、店内が変わらず盛況であるということしかわかりません。

 ネフィリーは仕方なく人の山から遠ざかり、列の反対側の壁際でミリーが出てくるのを待ちました。

 手に持ったジュースが徐々にぬるくなっていき、水滴がじっとりと手先を濡らします。列に並ぶ人たちの表情には、時間内に間に合うかという不安と焦り、そして若干の苛立ちが滲んでいました。

 不意に、ひょっこりとミリーが扉から顔を出します。疲れを感じさせない涼しい顔をして、列の長さに目を丸くしました。

「わ~っ、まだこんなに! みんな、ワタシのために集まってくれたの? ……よしっ、それじゃあ、延長しちゃいまーす! ちゃんとみんなとお話できるまでずーっといるから、ご安心くださーい!」

「え」

 ミリーはそう宣言します。人々が沸き上がりますが、ネフィリーだけは戸惑いを見せました。

 ネフィリーを見つけたミリーは、バチッとウインクを向けて謝罪するように手を顔の前に立てると「先に行っててー!」と声を張り上げて戻っていきました。

「ほ、本気? ミリーちゃん……」

「あっ、みんなは普通に時間通り交代していいからね! お疲れ様! ワタシなら大丈夫!」

 ミリーと、彼女を案じるクラスメイトの会話の一部が聞こえてきます。姿は見えないけれどその声は底抜けに明るく、対照的にクラスメイトたちの疲労が露わになっていました。

 まだ興奮の冷めやらない廊下で一人、ネフィリーは困り顔です。ジュースを握る手元を見下ろします。

 すると、横の人だかりの影から、はきはきとした少女の声が飛んできました。

「すみませーん、ちょっと通してくださいー」

 後を追うようにもう一人、今度は少年の喚く声。

「おい、離せ! 離せっつってんだろ! この馬鹿力女! こっちは――」

「こっちは、シザーのクラスだよね?」

「てめっ、わかってんなら――」

 ぐいぐいと人を掻き分けて教室へ向かってくるティーナと、彼女に腕を掴まれているシザーでした。意外にもティーナは力持ちで、多少辛そうにしてはいるものの、抵抗するシザーをここまで引っ張ってきています。

 ティーナは列の先頭近くまで到達すると、急にシザーの腕を放しました。前触れのなかったこの動きにより、シザーは体勢を崩してよろめきます。

 その一瞬で、ティーナが彼の背後へ鮮やかに回り込みました。

 辺りの人々の視線が集中していますが、まるで動じません。シザーの肩を押さえつけて教室側へグイッと突き出すと、その状態のまま、喫茶店での接客時と同じ笑顔をして言いました。

「割り込んできてごめんなさい! 用事があって。わたしはシザーの友人なんですけど、シザーが店番サボったって話を聞いたので捕まえてきましたー」

「何のつもりだ、無茶苦茶しやがって……!」

 シザーは諦めずにティーナを振り払おうとして身をよじっています。当番を代わって受付席についたばかりの女子生徒は困惑し、返事ができずにいるようです。

 そこへミリーが、配膳の合間に少し離れたところから声をかけます。

ティーナちゃん! わざわざ連れてきてくれたんだ!」

「えっ!?」

 ミリーに名前を呼ばれて、ティーナは激しく動揺しました。

「嘘……! わ、わたしのこと覚えててくれたの!?」

「もちろんだよ! 久しぶりだね~!」

「う、うん! 久しぶり!」

「……俺を利用したわけか」

 感激した様子で頬を紅潮させたティーナを一瞥し、シザーは苦々しく顔を歪めました。

 ミリーは臆せずに笑みを向けて、シザーを教室内へ誘います。

「ここまで来ちゃったんだし、手伝ってくれないかな? まだこんなにお客さんがいるから、人手が増えると助かるなぁ」

「俺は――」

「拒否権なんてないでしょ」

 険しい顔のまま言いかけたシザーの背中をティーナがはたきました。思い切りよく、加減も躊躇がありません。

「はい、皆さんどうぞ! こき使っていいからね、ミリーちゃん!」

「勝手に決めんな!」

 シザーもまた、振り向きざまにティーナの肩に拳をぶつけます。

 出入口前の状況を把握できていないキッチン担当の生徒が、出来立てのたこ焼きを掲げて奥からミリーを呼びました。ミリーは振り向き、仕事に戻っていきます。

 呆気に取られ立ちすくんでいたネフィリーは、ハッとして二人の傍に駆け寄りました。ティーナの通った跡が残っていたため、するすると進めるようになっています。騒ぎの中心へおもむろに近付いていくネフィリーへ人々が注目しましたが、それを気にする素振りはありませんでした。

「シザー、待って。中に入るなら、これミリーに渡してきてくれる?」

 虚を突かれた顔をして振り返ったシザーに、ネフィリーは安堵した笑みを浮かべて軽く首を傾げながらジュースを差し出します。

「……ここで言うことがそれかよ。意外と図太い性格してんな……」

「え?」

「……何でもねえよ」

 シザーは低い声でぼそりと呟くと、それを受け取ったのでした。