創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

95.星々が集う(1)

 校舎から講堂へ向かう連絡通路へ出た私は、さんさんと降り注ぐ太陽の日差しを浴びました。

 開け放たれた両開きの扉から歓声が聞こえてきます。私が講堂に入ったのはちょうど、クラスメイトを含む男子五人のロックバンドが登壇し始めたときだったようです。

 照明を落とし、窓のカーテンを閉めて、壇上付近だけがライトアップされています。普段は体育館も兼ねている講堂は、今日だけの特別な雰囲気の空間を作り上げていました。

 中は前後で大きく分かれています。前半分はすっきりと開けていて、今は立見席の状態です。在校生の比率が高く、壇に上がった友人たちへ声援を送って盛り上げています。一方、ずらりと椅子が並んだ後ろ半分の座席に座る人々は静かな様子です。外部から来場している父兄のほとんどはそちらに着席していました。

 その客席の最前列にルベリーを見つけます。近寄っていく途中で彼女も私に気が付いて、控えめな会釈をしました。右隣にライールも並んで座っています。ライールは膝の上にパンフレットを広げていました。

 左隣の椅子が空いていたので、私はそこに腰を下ろします。

「結構人いるけど……大丈夫?」

 初対面である彼女の弟のことよりもルベリー自身の状態がまず気にかかり、そのように声をかけました。

 黒い霧や胸元の渦は私の目には見えておらず、ルベリー自身の具合も問題なさそうです。ルベリーは微笑みを返して頷きます。

「ここからなら、大丈夫。特に発表の間は、いつもより楽なくらいで……意外でした。……それと、この『体質』にも少し慣れてきたのかもしれません。勝手に聞こえてきてしまうのは変わらないけど、些細な気持ちなら、気にしないでいられるようになりました。今は、前みたいに……人のことが嫌いじゃないから……と、思います。ありがとうございます。ルミナさんたちのおかげです」

「そんな、私は、何もしてないよ」

「ううん。……知ってます」

 優しい表情でかぶりを振った彼女の一言に含みを感じ、私は少々ドキリとしました。

 詳しく聞き返そうとしたところで、ハイトーンボイスの掛け声とエレキギターの爆音が私の声を掻き消します。バンドの演奏が始まったのでした。最前列の観客たちが大いに湧き立ち、腕を高く突き上げて激しいリズムに乗っています。

 その音でライールは弾かれたように顔を上げました。バッと振り返ってルベリーを見上げた琥珀色の瞳は無邪気に輝いています。ルベリーが頷くと、席を立って一人で前方の人の山の中へ入っていきました。

 私はルベリーが昼までどう過ごしていたのかを見ていませんが、彼女を案じて共に来ていたライールが離れていったということは、本当に彼女は大丈夫だったのでしょう。

 私とルベリーは着席したままステージを見ました。講堂に轟くバンドサウンドと客席のコール、メンバー五人の真剣な様子にすっかり飲まれて、先程感じた胸の引っかかりは消えてしまいました。

 ドラム担当のクラスメイト以外の四人も皆同学年で、私と直接の面識はないけれど見覚えがある顔ぶれです。しかし、一心に激しいロックを響かせる彼らの真剣な姿は普段とは別人のようでした。

 後に話を聞く機会があり、五人が楽器を始めたのはそのバンドへの憧れからだと教えてもらいました。

 ただの真似事、と彼らは謙遜します。ですがきっかけが何であれ、こうして一つの形を成しているのだから十分に立派なことです。ライールが目を輝かせていたのが、その証拠でありましょう。

 

 五人は演奏を終えて舞台袖に消えた後、下の扉から客席の前に出てきて、そのまま次のステージの観客になりました。ライールは戻ってきません。次の発表もステージ近くで見続けるようです。

 クラスの当番を終えたキラが講堂内にやってきて、私たちの前方の通路を通ったときに目が合いました。舞台の近くにみんないるよ、と彼らを指し示すと、そちらに向かいます。

 何を話しているのかは聞こえてきませんが、五人に囲まれたキラは軽く肩を叩かれたりしていました。垣間見えたその横顔はしかめ面だったけれど、本気で嫌がっているようには見えず楽しそうだったと思います。

 それから二、三グループほど発表が進んだところで、ネフィリーと合流しました。

 ミリーと一緒ではなく一人でやってきたことを不思議に思って尋ねると、向こうの教室で見た出来事を説明してくれました。

「――それじゃあ、ミリーは今もずっと教室に?」

「うん、出てこれる雰囲気じゃなかったよ。ミリーは元気だったし無理してるわけでもなさそうだから、大丈夫だと思うけど……。あと、シザーも来てた。ギアー先生が捜してたけど、連れてきたのは先生じゃなくて、ルミナの友達の……ティーナだっけ。あの子が」

 ルベリーがこの話題に興味を示し、会話に混ざってきます。

「ど、どんな感じでしたか?」

「どんな? シザーが? ……イライラしてたかな。ずっとその子と揉めてたよ」

「……そう、ですか」

 ルベリーもエレナたちと共に、シザーの行動を気にしていたのでしょう。ネフィリーの話を聞いて、何かを考える素振りを見せました。

 先程までライールがいた席に座って、今度はネフィリーから質問をします。

「ルベリーはここにいても平気なの? その、心の声が聞こえるって話……」

「あ、ええと、はい」

「私もさっき同じこと聞いちゃった」

「そ、そうだよね。ごめんなさい、しつこくて」

「いえ、気にしないで……ください」

 二人のやり取りは少々ぎこちないものでした。普通にするようにと先生は話していたけれど、ルベリーへの接し方に慣れず戸惑ってしまうのは無理もないことです。

 私はむしろ、なかなかネフィリーと目を合わせようとしないルベリーの様子の方が気にかかっていました。

 この頃のルベリーは、私ともネフィリーとも多くの言葉を交わしたことがなかったはずです。しかし、ルベリーの態度は私と話していたときよりも硬く強張っているように見えました。

 二人の性格上まだ互いに距離感が掴めていないだけだろうと私は考え、特に指摘はしませんでした。

 

 午後のプログラムが残り半分ほどになった辺りで司会進行役の生徒が交代になり、エレナが登壇しました。

「次の準備ができたみたいね? ちょっと時間押しちゃってるから、巻きで行くわよ! それでは、どうぞ!」

 エレナは半分に折り返した台本を片手で持ち、堂々とした立ち振る舞いをしています。大勢の前でもまるで緊張せず笑顔で、自然体です。一見するとおどけた言動をしていますが、その進行は正確でありアナウンスで噛むようなミスもありません。

 エレナみたいにはできないね、と私たちは三人で口を揃えて言い、笑い合いました。