創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

96.星々が集う(2)

 発表の合間で、ライールが席の前まで戻ってきました。姉の友人の女子生徒ばかりになった状況に気まずそうです。

「ね、姉さん。僕はそろそろ帰るね」

「あっ、待って……えっと……」

「……どうかしたの? 一人でも平気だよ。迷子になる歳じゃないし、待ち合わせ場所はちゃんと覚えてる。地図もあるんだから」

 引き留めたものの口ごもってしまったルベリーに、ライールはパンフレットを見せて安心させようとします。しかしルベリーは困り顔のままでした。

「ううん、そうじゃなくて……閉会式も見ていかないかと、思って……。お母さんたちも呼んで」

「え? うーん、でも」

「エ、エレナが、そうしてほしいって言ってた……から」

「そうなの?」

 ルベリーはサッと目を逸らし、少し間を開けてから、こくりと頷きます。

「じゃあ……聞いてみる」

「私からも話すよ。……えと、そういうことなので……ちょっと、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 二人は両親を呼びに、講堂から一旦出ていきました。

 帰ってくるまでにかかった時間は数十分程度です。すんなりと承諾を得られたらしく、すぐに一家四人でやってきました。両親とライールは後方の奥の席に腰を下ろします。

「おかえり!」

「た……ただいま」

 こちらに一人戻ってきたルベリーは、少々困惑気味ながらも私に答えてくれました。

 その頃には、予定よりも少し押していたプログラムはすっかり元通りに立て直されていました。発表と発表の間を短く削ることで調整したようです。

 エレナは何よりも時間を厳守し、どれだけ場が盛り上がっていても発表の準備ができ次第すぐに話を打ち切って進行していました。元の時間で進めるためとはいえ、少々駆け足のように感じることもありました。

 

 飲食系の模擬店では、ラストオーダーの時間を回ったくらいだったのでしょうか。観客の数が増え、見知った顔が多くなってきます。いつしかレルズとスティンヴの姿も前方にあり、キラたちの輪に混ざっていました。

 クラスのもう一人の友人の発表の番になったので、私とネフィリーも舞台の近くへ移動します。それよりも前から連続で見続けている人たちが既に場所を取っていて、ステージ真下の最前列まで出ることはできませんでした。

 しかしそれでも、傍へ近付くと壇上の人の顔もよく見えます。恐らくそれは向こうも同じで、曲に合わせて軽やかに舞う彼女と何度か目が合いました。

 私たちの応援は届いたでしょうか。降壇した彼女は気恥ずかしそうにしながら、やり切った顔をしていました。

 時刻は、スケジュールぴったりです。

 最後のグループも滞りなく発表を終えて、全ての演目が終了しました。

 

 カラカラと音を立てながらゆっくりと、ステージ正面の垂れ幕が下がっていきます。実行委員の生徒たちが中で式の準備を始めるのでしょう。

 閉会式まで少しの間、空白の時間が生まれます。校舎へ戻ったり外へ出たりする人はあまりいません。アンケート用紙への記入を始める人が多く見られました。

 模擬店の店名とステージ発表の登録者名がずらりと一覧になっていて、その横にチェックボックスがある形式です。最も良かったと思うものをそれぞれ一つだけ選び、印を付けます。

 皆は記入済みのアンケートを折り畳むと、もう片方の手に杖を取って軽く一振りしました。紙が一瞬煙に包まれて、ポンと消えていきます。それと同時に、講堂の出入口に置かれた投票箱の周辺にもモクモクと同様の煙が生じました。

 アンケート用紙が、魔法の力で次々に投票箱の中へと転移しているのです。私がスズライトへやってきたばかりの頃に見に行ったホウキレースや、夏休みの花火のときと同じ魔法を使用しています。

 これはスズライトで生まれ育った皆にとって、誰もが日常的に容易く扱える魔法の一つです。しかし、便利である一方で注意事項や留意点も多く存在します。

 まず、これまでにも聞いたことがある通り、不慮の事故の恐れがあるため周囲の安全は確認していなければなりません。

 術者自身や人物を転移させることも理論上は可能ですけれど、暗黙の了解で避けられていたようです。前述した危険性もありますがそれに加えて、人物や質量の重い物、大きな物の転移には激しく魔力を消耗します。複数の物を同時に動かすこと、現在地から遠く離れた場所や見知らぬ場所へ転移することも困難です。

 以上のことから、これ自体は決して複雑な手順の術ではないけれど本格的な学習や鍛錬は高学年で行うことになっているのでした。

 今回のような、目に見えるほどの至近距離にある場所へ紙を一枚送るだけのことであれば失敗する可能性もリスクも非常に小さいと言えるでしょう。私も皆の真似をして杖を持ち、客席から立たずに箱の中へと直接入れることを試みます。先日はまだできなかったけれど、夏休みが明けてからはやり方を学んでいたのです。

 とはいえ、同級生たちのように手馴れてはいません。頭の中で手順を反芻してゆっくり行わなければ、いささか不安がありました。私は杖の先端と自分の目線も箱の方へ向け、今いる場所から木箱までの道筋をなぞるように意識して、慎重に頭に思い描きます。

 そこまでの準備を終えて呪文を口にしようとしたとき、講堂へ入ってくる一人の女の子が視界の端に映りました。

 気に留まった理由は、その少女が両目にアイマスクを着けたシズクだったからです。

「あの子は、さっきの……」

「ふんふーん♪」

 シズクは両親に手を引かれて、出入口の傍の空いていた席に腰を下ろしました。

 ステージのプログラムは全て終了した後であるのに、鼻歌を歌って上機嫌で足をぱたぱたと上下させています。閉会式を待ち望んでいるような様子でした。

 

「ただ今をもちまして、スズライト魔法学校の学園祭は終了です。この後は講堂でエンディングセレモニーが行われます。全校生徒、及びお時間のある方は、講堂へお集まりください。本日はご来場ありがとうございました」

 

 ステージ発表に続いて、各クラスの出店も営業終了の時間を迎えます。

 全校生徒が順次集まってきて整列を始めましたが、未だにミリーは現れません。

「どうしたんだろう。迎えに行った方が良かったかな……」

 ネフィリーが人の出入りと隣のクラスの列を交互に見て、心配そうに呟きます。アナウンスの後に橙のストライプ柄のTシャツを着た生徒たちが大勢の一般客を引き連れて入ってきましたが、そこにもミリーの姿は見当たりませんでした。

 式が始まる直前くらいになって、ギリギリの時間にやってきたのはシザーです。半歩後ろにはティーナが付いていますが、二人の間に会話はなく他人同士のような振る舞いでした。

 椅子に座って待機するシズクに気付いたシザーは、僅かに目を見張って足を止めていたようです。

 各クラス毎に担任の先生が点呼を取り始めました。

「ネフィリーさん、先頭で待機してもらえる?」

 生徒の列の間を通って、前からパルティナ先生が歩いてきます。先生は引き返すときにネフィリーを連れ出していきました。この後の投票で一位になったクラスや発表者の生徒へ花束を贈呈する係のためでしょう。

 一列隣ではギアー先生がパルティナ先生よりものんびりとしたペースで点呼を取っています。途中で足を止め、生徒に尋ねていました。

「おや、珍しい。ミリーさんがいないね」

「お客さん多くって、最後までずっとお店手伝ってくれてたんです。営業終了のときは確かにいて、てっきりその後も一緒に来たんだと思ってたけど……」

「では、先生が捜してくるよ。……よし、いないのはミリーさんだけだね。皆はこのまま待っていてくれ」

 ギアー先生は怒るでも焦るでもなく、至って平常通りの穏やかな口調で言って列を離れていきます。どのような顔をしていたのかは、私からはよく見えませんでした。