創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

97.あなたは、わたしの太陽でした。(1)

 皆が自然と口をつぐみ、暗い講堂に静寂が訪れます。

 全体がすっかりシンと静まり返るのを待って、ベルが鳴らされました。

 閉め切られていた垂れ幕が上がり、ステージが見えてきます。

 

 最初に声を洩らしたのは、列の先頭付近に並ぶ生徒たち。

 

 幕の向こうの闇の中に、両足を揃えて真っ直ぐ立つシルエットが浮かび上がりました。

 大きなリボンをあしらったブーツ。細くすらりとした手足。たっぷりのフリルが付いたミニスカート、彼女の髪によく似合うピンク色を基調としたギンガムチェックのアイドル衣装。

 瞼を閉じてそこに佇んでいたのは、紛れもなくミリーでした。

 直前まで彼女と一緒にいたシザーとティーナは特に驚いたことでしょう。舞台下のざわつきはどんどん広がり、完全に幕が上がり切ったときには大きなどよめきとなって空気を振動させました。

 パッとステージ上の照明が点いてミリーの姿がはっきり照らされ、もはや絶叫とも呼べるほどの轟音に負けない大音量でポップなメロディが流れ出します。

 弾かれたように目を開けたミリーは眩しい笑顔を振りまいて、軽やかにステップを踏み始めました。ぴんと伸ばした指先に白く煌めく光の粒を纏わせていて、動くたびに綺麗な軌跡を描きます。

 ミリーが大きく両腕を上げて手招きすると、生徒たちはたちまち列を崩して壇の真下へとなだれ込んでいきました。学生だけでなく一般の来場者も入り混じって、足音が地響きを立てています。

 私は状況をまるで理解できず、音と光の熱量に飲まれていました。すっかり出遅れて、人の波の最後尾まで押し流されてしまいます。慌てて皆の背中を追いましたが、入り込めそうな隙間は残されておりません。頑張って爪先立ちをしたり軽く飛び跳ねたりして、人と人の間から頭を覗かせようとしました。

 ミリーは一身にスポットライトを浴びて心から楽しげに、おとぎ話に描かれる妖精のように舞い踊りながら歌います。

 初めて耳にした彼女の歌声は、透明感のある高音が何よりの特長でした。私の未熟な語りのみではとても表現し尽くすことができず、口惜しいです。

 このとき、私はミリーの声に圧倒されて震えを感じたことを覚えています。決して力んでいるのではなく、けれど強固な意志が込められていることが伝わるような、力強さの滲んだ歌唱でありました。

 歌は、軽快で明るい曲調のポップス。後に聞いたところ、それは彼女のデビュー曲だったそうです。

 その旋律は、世界を温かく照らしていきます。

 自信を持てない人、あと一歩の勇気を踏み出せない人、先の見えない道を前にして不安に怯える人たちの隣で肩を並べ、寄り添い、未来に臨むための力を分け与えてくれるようなエール。

 一筋降り注ぐ木漏れ日のようにささやかな温もりや、足元に芽吹く若葉のように小さな喜びがあることに気付かせて、未来を望むための光を示してくれるような道標。

 嫌なことも悲しいこともある、だけどこの先に待っているのはそれだけじゃないよ、と優しく語りかけるような。

 目の手術を控えているというシズクへ向けた応援歌だったのでしょうか。これまでに私が見て知ってきたミリーの姿に相応しい、前向きなメッセージが詰まった音楽でした。

 

 ステージに夢中な皆をよそに、私は顔を出せる場所を探し続けて右往左往します。

 斜め向きになってしまう角度でしたが、どうにか彼女が見える位置を見つけて確保できました。

 そうして足を止めたときのことです。

 横には、同い年くらいの少女が一人立っていました。

 軽く胸を反らしてステージを見上げています。クラスTシャツや出し物の衣装ではない私服姿で、一般客のようです。この熱気の中では少しばかり暑そうな、長袖のカーディガンを羽織っています。

 その服も、肩の高さで外向きに跳ねた髪も、さざめく海のような瞳も、透き通った儚い青。

 空色の少女でした。

 

 少女は小さく唇を動かし、ミリーに重ねるように歌を口ずさんでいます。

 ミリーが客席へ向かって腕を突き上げ、リアクションを求めました。皆は彼女の動作と歌詞を復唱して応えます。私は一人、咄嗟に反応することができずに失敗してしまいました。

 しかし隣の少女は、初めから皆に合わせようとしていなかったようでした。聞き入るように安らかな微笑みを浮かべて、目を閉じます。

 何か呟いたようですが、その声は掻き消されました。

「もう一回! まだまだ行くよー!」

 詩の間に言葉を差し込んで、ミリーが呼びかけます。

 歌唱は早くも最終局面を迎えていました。

 私はステージ側へ目線を戻し、時にワンテンポ遅れたり間違えたりしながらも皆の真似をします。

 この場において、音楽を奏でて皆を惹きつけている主役がミリーであることは確かです。その一方で私は、ミリーの歌を彩る観客たちにも感嘆していました。真っ先に前列へ出ていった人たちの動きは特に息が合っていて、それが後方からはよく見えたのです。

 この舞台は、客席の歓声もあって初めて完成するものと言えるのだと感じられました。

 彼女の歌に限った話ではありません。この日、この壇上で繰り広げられたあらゆる舞台においても、きっと同様です。

 美しい花が咲くには、太陽の光が必要であるように。

 月の輝きは、太陽に照らされたものであるように。

 皆の支えがあるが故に、彼女は一際強く煌めくのでしょう。

 

 会場一帯が一体感に包まれています。

 スポットライトは眩しさを増して、最後のフレーズを歌い切るミリーに注がれました。アウトロでは左右のスペースを広く使って、元気一杯に動き回ります。メロディもミリー自身も、最後まで活力に満ちていました。

 曲のエンディングに合わせ、ステージの中央でミリーが足を止めます。

 肩で息をして、頬を伝う汗もそのままに、広げた手を高く掲げました。

「ただいま!」

 今日一番の大歓声と賞賛の拍手が沸き上がります。

 ミリーは大きく手を振りながらゆっくりと客席全体を見渡し、一人一人に晴れやかな笑顔を向けました。