創作小説公開場所:concerto

バックアップ感覚で小説をアップロードしていきます。

[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

98.あなたは、わたしの太陽でした。(2)

 激しくピカピカと回転していたライトは真ん中で静止し、ミリーを白く照らしています。ミリーは胸に両手を当てて、静かに呼吸を整えていました。

 観客たちはその場で固唾を飲んで彼女の言葉を待っています。

 ミリーは胸の上でギュッと手を握り、真剣な眼差しで口を開きました。

「――まず、この場を用意してくれた皆さんに感謝します」

 ステージ下の壁際に並んでいる実行委員と教員たちの方に体を向け、丁寧に頭を下げます。

 それから改めて客席側へ向き直ったミリーの顔つきは穏やかなものでした。

「ワタシはこんなにも沢山の人に応援してもらえて幸せです。……今日はそれを伝えたくて、歌いました」

 静かで神妙な響きをした声に、皆は黙って耳を傾けています。

 ミリーは一つも言い淀まずに語り続けました。

「去年、活動休止の発表をしたとき、急なお話だったのでみんなを驚かせたり不安にさせたりしてしまったと思います。それなのに今もずっと応援し続けてくれた人や、ワタシを好きでいてくれた人がいっぱいいました。今日ここに立つ勇気が出たのは、そんなみんなのおかげです」

 握っていた手を解いて下ろし、お辞儀をするように体の前で重ね合わせます。ぴしっと背筋を伸ばして、堂々とした佇まいです。

「まだもう少しだけ、待っていてください。学校の勉強も、友達のことも、ワタシには大切な時間だから……。だけどワタシは必ず、卒業した後には絶対にステージへ戻ってくるって、ここに宣言します!」

 その一言を発せられた途端、一同は堰を切ったように大盛り上がりでした。

 ミリーはコトンと首を傾げ、愛らしい視線で皆を見つめて問いかけます。

「だからそれまで、見守っていてくれますか?」

 返事の代わりに熱を帯びた拍手が答えて、示し合わせたかのようにスポットライトの光も少し強くなりました。

 ミリーは満面の笑みで、心から幸せそうに口元を綻ばせます。

「ありがとう! ワタシも、みんなが大好き!」

 深々と礼をしたミリーを、再び温かな拍手が包みました。

 私も応援の気持ちを込めてパチパチと手を叩きます。

 ふと見ると、私の隣にはぽっかりと一人分の空間がありました。

 いつの間にか、空色の少女は幻のように忽然といなくなっていたのでした。

 

 ミリーにもう一度盛大な拍手を、と実行委員の生徒が述べて、彼女のサプライズは幕を下ろしました。続くアナウンスに従い、皆まだ少し浮足立ったまま元の整列場所や座席に戻っていきます。

 降壇したミリーはクラスの列には入らず、実行委員たちの列へ加わって先頭に並びました。その横でエレナが進行役を引き継ぎ、本来予定されていた閉会式が執り行われます。校長先生と実行委員長それぞれからの挨拶を経て出店とステージのアンケート結果発表の時間になると、一時は落ち着いた皆の様子も再び色めき立ちました。

 集計は、全員の目の前で魔法を用いて行われます。

 まず、実行委員の生徒が投票箱をステージ上に出現させました。箱の蓋がパカッと開いて、アンケート用紙が空中に飛び出します。

 物体を転移させる魔法に続けて同じもの同士を引き合わせる魔法を使い、チェックボックスに書き込まれた印の位置を参照して仕分けていたようです。最も大きな山を作ったところが各部門の優秀賞となります。それが二回行われました。

 クラス出し物で一位となったのは私たちの学年の、お屋敷を模した喫茶店です。

 ステージ発表は接戦でしたが、美男美女カップルと噂の先輩二人が主演を演じた劇が最も多くの票を得たようでした。

 結果発表の盛り上がりも冷めやらぬ中、エレナが切り出します。

「これより表彰に移りますが、その前に一つ、追加発表です。急なオファーに応えて舞台に立ってくれたミリーにも、実行委員会特別賞として花束を贈呈したいと思います!」

 その提案に皆はまたワッと声を上げました。

 エレナは言葉遣いこそ丁寧にしているけれど、今朝の開場アナウンスと同じように弾んだ声色です。

「各団体の代表者一名とミリーは、登壇してください! 会場の皆さんは盛大な拍手をお願いします!」

 私たちの整列場所からは実行委員たちの様子は見えませんでした。彼女は、一体どんな顔をしてミリーへその言葉を投げかけたのでしょうか。隣にいたミリーは、一体どんな気持ちでその言葉を受け取ったのでしょうか。

 言われるままに現れたミリーは、ライブ中と打って変わって迷いのある足取りで困惑した様子でした。この展開は事前に伝えられていなかったのかもしれません。

 喫茶店からはスティンヴが、劇からは主人公の王子役を演じた先輩が代表で出てきています。その役柄の衣装を身に付けた二人とミリーが階段を上がって横一列に並ぶと、途端に舞台の上は華やいだ雰囲気になりました。

 煙が階段付近を包み、長テーブルと三つの花束が出現します。

 花束は自立する形で、胸に抱きかかえられるくらいの大きさです。丸く大きな釣り鐘型の花を咲かせたコミナライトが束の中心になっており、柔らかな橙色に発光するそれは、暗がりを優しく照らし出すランプのようでもありました。

 ネフィリーが舞台に上がり、一つ一つ花束を手に取って、順番に手渡していきます。先輩とスティンヴが受け取ったときには客席から黄色い悲鳴が上がっていました。先輩が気恥ずかしそうにはにかむ一方、スティンヴは自信満々な笑みを浮かべて髪を掻き上げました。

 最後にミリーの正面に立ちます。

 講堂の中にいる全員が手を叩いてミリーを祝福していますが、しばらく待ってもミリーは腕を伸ばそうとしません。

 横に並んで立つ二人が目を向ける中、ネフィリーはそんな彼女の手を取って、花束を受け取らせます。

 拍手が湧き、驚いたミリーは袖口で涙を拭うような仕草をしました。

 すぐに首を横に振り、花束を両手で愛おしそうに抱き寄せて顔を上げます。晴れ晴れとした笑顔と丸い灯りが共に眩く照らされました。

 一連の出来事は瞬く間に学校の外まで知れ渡り、週明けには芸能誌にも掲載されていました。

 ミリーのファンの間では伝説のように、そして彼女の友人たちの間では定番の思い出話の一つとして、この先も長く語り継がれ続けることとなったのでした。