創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

100.gift&blessing(2)

 学園祭が幕を開ける。

 お昼はクラスでお仕事。その後から、ライブの準備を始める計画だ。

 エレナはクラスの手伝いを抜けてもいいと言ってくれたけど、そこまで迷惑をかけるわけにはいかないよ。ワタシが出れないとなったら大きく予定が狂うし、みんなから間違いなく理由を聞かれる。迷惑や余計な心配をかけるのも、嘘を吐くのもしたくない。

 去年は朝一番の開催セレモニーで大々的にライブが予定されていたから、クラスの出店の準備も当日のシフトもほとんど手伝えなかった。自由時間も、周りから声を掛けられるままフラフラしてる内に終わってしまった。

 それをつまらなかったなんて言うのは贅沢なんだけど、空虚な時間に思えて、ここにクレアが一緒だったら……って感じたことを強く覚えている。

 だけど、今年は違う。クラスの役にも立てるし、一緒に回ろうねって前日から約束していた友達もいる。去年できなかったことが今年はできる。午前中は目いっぱい楽しんじゃおう。

 開会式の後いつの間にかシザーが姿を消してしまって、一言も声をかけられなかったのは少し心残りだ。彼にもお祭りを楽しんでほしいと思うけど、またいつもみたいに、学校では遊んだり笑ったりしないつもりなのかな。

 別に、彼と一緒に回りたいと考えてるわけじゃない。ワタシはただ、同じものを楽しんで同じ思い出を作りたいな、って。本当はシザーもお祭りごとが好きなはずだから。本当のシザーはあんな風に笑う人だってことを、ワタシは知ったから。

 もちろん、最後に予定しているライブにも来てほしい。だから彼に聞こえそうな所でわざと色々仄めかすような発言をしてみたんだけど、効き目なかったかなぁ……。

 シザーは登校自体をサボることはなく、みんなと同じようにお揃いのクラスTシャツを着てきていた。何を考えているのかワタシにはよくわからないけど、そこに彼の本心が潜んでいるんじゃないかって何となく感じる。ほとんど勘に近いかも?

 シザーのことはエレナも諦めずに捜すと言っていたし、ワタシも少し意識して回ってみよう。

 

 時間はあっという間に過ぎ去って、自由に動けるのもそろそろ残り僅か。ネフィリーが壁掛け時計を見上げる。

「もうこんなに経ってたんだ。そろそろ行った方がいいよね」

「わ、本当だ!」

「じゃあその間、ワタシはちょっと――」

「ルミナちゃんなのーっ!」

 話していると、廊下でパリアンさんとバレッドさんの二人にバッタリ会った。パリアンさんはルミナとも知り合いだったみたいで、嬉しそうに抱き着いている。その後ろの方でバレッドさんは気だるげにしていた。

 ワタシはこの後、ルミナとネフィリーが店番の間に一人でササッとリハーサルをしてくるつもりでいた。どこかに隠れて変身の魔法を使って、外へ出て、戻ってくる……その分を差し引いても、一曲通すくらいはできると思って。

 だけど、少し前にファンの人たちに取り囲まれてちょっとした騒ぎになりかけたから、ネフィリーはワタシを一人残すことを不安がってすぐに行こうとしなかった。

 そのネフィリーに、心配しないでとパリアンさんが声をかける。

「ミリーのボディーガードはアタシたちに任せてなのっ」

 詳しいことは何も伝えてなかったけど、パリアンさんはワタシにやりたいことがあるのを察して助け舟を出してくれたんだと思う。

 教室へ戻っていく二人を見送ると、くるりとワタシに向き直って今日のスケジュールを尋ねてきた。

「さてと! ミリー、これからどうするの?」

 ワタシの身長に合わせて体を屈めたパリアンさんの耳元に口を近付け、ひそひそ声で予定を伝える。

「……ちょっとドタバタするけど、なんとかします」

 でも、聞き始めるまでは協力的な雰囲気を体中で主張していたパリアンさんだけど、顔を離して見ると一転してぷりぷりと怒っていた。

「も~! そんなことだろうと思ったの! 無茶なの! 様子見に来て正解だったのーっ!」

「え、わっ」

 ワタシの手を引き、グイグイと人の間を縫って進んでいく。戸惑いつつ後ろを振り返ると、一応バレッドさんもついてきていた。すごくゆっくり歩きで引き離されながら……だけど。

 パリアンさんは廊下の突き当たりの扉から中庭に出ると、角を曲がって人気のない校舎裏で足を止めた。

 ドキリとして思わず一歩後ずさる。そこには、置いていかれていたはずのバレッドさんが既に待ち構えていた。

 日影の中にゆらりと立つ、全身真っ黒なバレッドさんはまるで影そのものみたい。最近やっと慣れてきたのに、その姿はちょっと怖かった。

 パリアンさんがクイッと口角を上げて微笑んで、バレッドさんへ無言で目配せをする。バレッドさんはよれよれのズボンのポケットから、魔法で小さく縮めている木の杖を取り出した。それを元の大きさへ戻し、別の呪文を唱え始める。

 低くぼそぼそとした声は聞き取りにくいけれど、ワタシも知っている呪文。物の場所を移動させる魔法の呪文だ。

 バレッドさんの長い前髪の下から光が放たれたかと思うと、ワタシの視界は白く染まった。

 

 バレッドさんは、ワタシたち三人をまとめて転移させたらしい。

 視界を覆っていた白い煙が晴れていく。

 広々としたこの部屋は、学校の外だった。

 明るいフローリングの床と、壁に嵌め込まれた大きな鏡。乳白色のカーテンがかかっていて、部屋の角にある低い棚の上に置いてあるのは真っ赤なメトロノーム。大きな窓の向こうには青空が広がっている。

 その全てに見覚えがあった。ここは、ワタシが籍を置く事務所のすぐ傍にあるダンススタジオだ。

 バレッドさんは平然として、さっさと杖を仕舞っている。隣にいたパリアンさんが軽やかに前に出て、両腕を大きく広げた。

「思う存分、ここで練習するといいの! それとも、本番みたいなホールの方が良かった? そっちにもできるの」

「え!? ううん、い、いいです!」

 反射的に答えたものの、この場でワタシだけが状況に付いていけず混乱気味だった。疑問がありすぎて、どこから何を聞けばいいだろう。

 もう尋ねるのも馬鹿らしい気がしてきた。バレッドさんのことだから、きっと何も答えてくれないし。パリアンさんも彼に関しては詳しく説明してくれない。何を聞いても、格好いいでしょ、凄いでしょ、の繰り返しだ。

 本当に、バレッドさんって何者なんだろう?

 全然お客さんが来ない理髪店で店主をやってるけど、実は凄い魔導士なのかな。学校からここまで、三人も同時に転移魔法の一つで移動させるなんて簡単にはできない。記憶を盗んでるっていう噂もあるし、半霊族なのかも? って前にネフィリーとも話したっけ。パリアンさんとの関係も……というか、よく考えたらパリアンさんのことも意外と知らないなぁ……。

「アタシたちミリーのお仕事については素人だから、邪魔しないように外に出てるの。時間になったら声かけるの~」

 困惑していると、パリアンさんはバレッドさんの手を取って二人でスタジオを出ていった。

 広い空間に、ワタシ一人になる。

 未だに頭は追いついていなかった。

 まるで訳がわからないけど、でも……助かったのは確かかも。壁掛け時計を見上げると、一曲通すどころか発声練習も加えられるほどの余裕が生まれていた。

 胸に手を当て、繰り返し深呼吸をして心を落ち着ける。細かいことは一旦忘れて、気持ちを切り替えていく。

 目を開け、鏡に映る自分を見つめて。

 にっこりと笑顔を作った。

 始めよう!

 

 懐かしい気持ちで練習することができた。勝手に使って大丈夫なのかな、って初めはちょっと不安だったけど、ワタシ以外に利用者は誰も来なかった。それも二人のどちらかが手を回したことなんだろうなと思う。何にせよ、今更そんな細かいことを気にしている暇はなかった。

 充分に発声と準備運動をした後は、自分の中の引っかかりがなくなるまでひたすらに同じ曲目を繰り返す。歌うのは一曲だけだから、細部まで入念に確認する。

 何度目かの中断をしたところで、スタジオの手前に二人が立って待っていたことに気付いた。

 パリアンさんが柔らかいタオルとスポーツドリンクを持ってきてくれている。薄手のハンカチしか持ってなかったから、ありがたく受け取った。

「お疲れ様なの! どうどう? 準備万端?」

 汗を拭うワタシに、パリアンさんがニコニコと尋ねてくる。

 まだ納得できていない、というのが本音だった。

 音の安定しない箇所が何点かある。やっぱり、どれだけ頑張っても数日間の自主練だけじゃ限度はあるなぁ。前はもっと上手に歌えていたはずなのに、と心の中で悔しさを噛み締める。

 でも、完璧まで突き詰める時間も残っていない。もう本番で勝負するしかないだろう。

「ありがとうございました! もう大丈夫です、時間だから戻らなくちゃ――」

「嘘なの」

 感情を飲み込み、胸を張ってはっきり答えたつもりだったけど、すぐさまぴしゃりと否定された。パリアンさんはピンと人差し指を立てて、ワタシの目を覗き込んでくる。

「アタシにはお見通しなの!」

「……だけどもう、時間ないですし」

「それも違うの。ライブまではまだまだ時間あるの」

「でもクラスの手伝いに行かなきゃ。ワタシが行かないと」

「それってミリーのしたいこと? それとも、しなくちゃいけないこと?」

 居住まいを正すと、パリアンさんはフッとスイッチが切り替わったように真面目な声色に変わった。

 問いかけが続く。

「ミリーが一番したいこと、本当にしたいことって、何なの?」

「それは……」

 静かな尋ね方と胸中を見透かすような眼差しに、ワタシはたじろいだ。

 パリアンさんはパッと手を広げると、大きな身振り手振りを交えながら話し始める。

「やりたいことがいっぱいあるのは素敵なことなの! それでつい欲張っちゃうのは仕方がないの、悪いことじゃないってアタシは思うの。一生懸命で頑張り屋さんで、みんなのためにって何でもやろうとしちゃうのもアナタのいいところなの! でもね、ミリー、人間にできることは多くないの。選ばなきゃいけない時もあるの」

 ……選ばなきゃいけない時。

 その一言が胸に突き刺さる。

 クレアの誕生日に歌を贈ろうとしていた去年の冬の、苦い記憶が蘇った。

 あの時のワタシは年越しライブの準備と詩を完成させることに捉われて、クレアと共に過ごすことを後回しにした。クレアのことを、本当の意味で選ばなかった。

 その結果があの喪失。一生消すことのできない、ワタシの最大の後悔。

 もうあんな思いは二度としたくない。

 でも、それなら尚更、「しなくちゃいけないこと」を見誤っちゃダメ。

 クラスのことと、歌のこと。その二つを並べてどっちを選ぶべきかなんて、決まってる。ワタシの勝手でみんなに迷惑をかけられない。

「……教室に行かないと……」

「そうじゃないのっ。アタシが今聞いてるのは、ミリーの一番したいことなの。教えてなの」

「え……えっと、それは、歌のこと……?」

「うんうん! それが聞けてよかったの!」

 パリアンさんはパチンと両手を叩き、ワタシの答えを途中で遮った。その手を握り合わせて首を傾げ、顔を覗き込んでくる。

「ねぇミリー、アタシを頼ってみて! やりたいことがあるなら、アタシたちはいつだって力になるの!」

 声のトーンを跳ね上げると、木の枝みたいに細い杖を手に取った。

「今こそパリアンおねーさんがお助けするとき、なの★」

 少女のように無邪気なウインクを見せて、杖の先端に軽く触れるキスをすると、ライムグリーンの眩い光が放たれた。

 螺旋状を描いて、パリアンさんの頭からつま先まですっぽり包み込み見えなくする。

 少しして、光が弾けて。

 現れたのはワタシだった。

 

 ワタシがもう一人、ワタシの目の前にいた。

 ツーサイドアップにしたピンクの髪も、目線の高さも、オレンジ色のクラスTシャツも、壁の鏡に映る背番号まで何もかも、今この瞬間この場に立っているワタシとそっくりだ!

 パリアンさんが、ワタシになっちゃった!

「どうかな? これだったら、きっと入れ替わってもバレないんじゃない?」

 その喋り方まで、普段のパリアンさんの感じじゃない。声質も完璧にワタシと同じものに変わっている。ワタシが何も言葉を出せないでいると、ワタシの姿をしたパリアンさんは「形から入るタイプなんだ~」と笑った。

 ワタシに使える変身の魔法は、元はといえばパリアンさんから教わったもの。

 だからパリアンさんにも同じことができて当然なんだけど、実際に唱える瞬間は教えてもらったその日にしか見たことがなかった。目の前でワタシに化けるなんてことも初めてだ。

 壁の鏡の中と合わせて、四人のワタシが部屋にいるようなおかしな光景が繰り広げられている。これでもバレッドさんは全く動じずに、変わらずにパリアンさんの数歩後ろに佇んでいた。この人が驚くことってあるのかな……?

 まだ動揺が収まらないワタシに、パリアンさんは瓜二つの顔を向き合わせて話し始める。

「クラスの当番のことは”ワタシ”に任せて、”貴女”は貴女だけができることをしてほしいな」

「ワタシだけが、できること……」

「そう。人間にできることは多くないからね」

 しんみりとした口調で呟くと、ゆっくり瞼を閉じた。

「人間にはできないことがいっぱいある。魔力にも腕力にも、命にも……どうしたって限界がある。人間の時間には限りがある。けどね、それでもみんなは確かな力を持ってて、その人にだけできることが必ずあるんだ。それを忘れないでほしいの」

 目を開く。そしてワタシに一歩近寄り、じっと瞳を見つめる。

 新緑の香りがふわりと漂った。

「貴女の歌にも、そんな強い力があるんだよ。貴女と……そして、貴女の大切な友達が二人で育んだその音楽を奏でられるのは、貴女たちだけ。他の誰にも代役は務まらない」

 パリアンさんがワタシの両手を取る。同じ形、同じ大きさの柔らかな手のひらが、優しく重ね合わせられた。

「大丈夫。貴女の頑張りはずっと見てたから」

 今、目の前で喋っているのはパリアンさん。

 ワタシじゃない。

 そう言い聞かせ、頭ではわかっているけど、まるで自分自身が語っているかのように錯覚した。

 ワタシはずっと、過去のワタシを責め続けていた。

 過去のワタシもまた、ワタシを許さなかった。

 でも今は、過去のワタシがワタシの背を押している。

 自分のことを許してあげて、と言うように。

 その瞳は黒く濁った雨雲ではなく、星を散りばめた夜空みたいに煌めいていた。

「信じてるよ。自信を持って!」

 優しい響きを持った祝福の言葉に、胸の中が温かく照らされていく。

 そうしてワタシは、彼女の手を握り返した。