101.gift&blessing(3)
クラス出し物の手伝いは、パリアンさんに代わりに行ってもらう。ワタシ自身はこのスタジオに残り、本番前の最後の練習を続ける。そうする形で、話は決まった。
当番の内容を伝えながら、ワタシはもう一つだけ重ねてお願いする。
「シズクちゃんっていう女の子がお店に来るはずです。目が見えない病気の小さい女の子、前に話しましたよね。あの子が来たら、話を合わせてくれますか?」
自分の顔に向かって丁寧に喋るなんて変な感じだけど、中身は変わっていないから普段パリアンさんに接するときと同じ態度を心掛けた。
「ん、りょーかい! 任せて!」
パリアンさんはピッと敬礼して答える。
ワタシそっくりに変身したパリアンさんの立ち振る舞いはごく自然で堂々としていて、これなら怪しまれることもなくワタシを演じ切ってくれるはずだと信頼できた。ワタシってこんな風なのかなと感じることも時々あるけど、きっとそうなんだろう。人から見た自分のことって、案外わからないもんね。
……アイドルをやるなら、こんな考えって良くないのかな?
沢山声を出したから、お腹が空いた。
ワタシも昼食と休憩のために、お財布だけ持って一旦学校へ戻ることにする。
「格好変えて行く方がいいですよね。ワタシが二人になっちゃう」
「だね~。それじゃあ、えいっ」
ワタシが自分でするよりも早く、サッとパリアンさんが杖を振った。見えたのは一瞬だったけど、その杖もワタシが日常的に使う学生共通の杖になっていた。
目の前がキラキラに包まれていく。
視界が開けてまず気に留まったのは、目線の高さが上がったこと。壁の鏡を確認すると、ワタシの外見は金髪の女性に変わっていた。パリアンさんと同世代くらいかな? パリアンさんが何歳なのかは知らないけど。
たまたまなんだろうけど、全体的な顔立ちや和やかな雰囲気がルミナに似ていると感じた。腰を覆うほどのロングヘアやコバルトブルーの瞳は違うものの、前髪の分け方や目元の印象など他のところはそっくりだ。何年かしてルミナが髪を伸ばしたら、きっとこんな感じなのかも。
「服はフェアスタで今度出す新作だよ。気に入った?」
パリアンさんが自信ありげに胸を張っていた。ワタシがあまり私服に着ないような、ナチュナルカラーでまとまったブラウスとロングスカートがシックで大人っぽい。控えめなフリルやアンティーク調の刺繍も上品だ。
耳元で揺れてキラリと光っているのは、三日月型の小さなピアス。いくらスズライトが校則の緩い学校とはいえ、ピアス穴を開けるのはさすがにマズイから付けた経験はない。もしかして、これがワタシの初ピアスってことになっちゃう?
「新鮮でいい感じです!」
声はおっとりしていた。ワタシの地声よりも少し低く、可愛い系というよりは綺麗系だと思う。このまま歌ってみるのもいいかも。
ちょっと楽しい気分なのは、自分で想像して作り上げた姿じゃないからかな。それとも、ワタシ一人じゃなくてパリアンさんも一緒に姿を変えているからかな。
パリアンさんは満足そうに目を細めてうんうんと頷いている。でもその後ろで、バレッドさんが険しい顔を向けていた……ような気がした。彼の鼻から上は前髪でほとんど隠れているせいで、すぐ近くまで寄らないとよく見えない。
「………」
「ん? 浮気はダメですよ、バレッドさん」
「するか馬鹿が」
「えへへ、そうだよねっ。バレッドさんにはパリアンさんがいるもんねー!」
「……うざ」
あくまでもワタシのフリをしたまま、パリアンさんがバレッドさんにクルクルとまとわりついている。
何か、いつにも増してバレッドさんの態度がトゲトゲしているような。パリアンさんも普段よりちょっとだけ浮かれて……ううん、やっぱり全部気のせいかもしれない。バレッドさんはいつもこんな感じだし、パリアンさんも、ワタシの外見でワタシの口調を真似ているからそう見えるだけだろう。
バレッドさんへの距離が近い自分を見るのは、どうにもおかしな感覚。正直かなりの違和感があるからやめてもらいたいんだけど、こんなにも親身になって協力してくれてる人にそんなことは言えなかった。
……そう、どうしてパリアンさんは、ワタシ一人のためにここまでしてくれるんだろう? バレッドさんも、どうして付き合ってくれるんだろう?
その疑問は、少しでも考え出すと申し訳なさを膨れ上がらせていった。
「あの……パリアンさん」
「んー?」
モヤモヤを残したまま一人になりたくなくて、思い切って直接尋ねる。
バレッドさんは、だるそうに溜息を吐いたきり黙ってしまった。
パリアンさんはきょとんと瞬きをした後、屈託なく笑ってその腕に抱き着いた。
「彼は優しいからねー!」
「………」
無言で顔を背けるバレッドさん。
否定も肯定もしないその沈黙は、どういう意味? ただの無視? それとも、毎回パリアンさんが言うように、本当に照れてる? ワタシには判断がつかない。
バレッドさんに腕を絡めたまま、曇りない目でパリアンさんは続ける。
「気にすることなんてないよ? ワタシは友達のためにしたいことをやってるだけなんだから!」
シンプルな思い。
それは、昔からパリアンさんが言ってくれていた言葉と全く同じだった。
白くなった視界が晴れて、転移した先はまた別の部屋だった。
知らない場所。窓がなくて、狭くて薄暗くて埃っぽい。
低いテーブルと、その両脇を挟んで二つのソファが部屋の中央に置いてある。ワタシたちが立っている向かい側の壁際は小さなキッチンみたいになっていた。閉まっている扉の横に蝋燭スタンドが付いている。
その蝋燭がひとりでに、青紫色の異様な炎を点けた。炎と影が揺らめいて、部屋が幽霊屋敷みたいに不気味な色に染まる。
「ほ、本当に学校の中なんですか? こんな場所来たことないけど……?」
「出たらわかるよ。用が済んだらまたここに戻ってきて。彼がさっきのスタジオまで送ってくれるからね」
パリアンさんは平然としていて、小声で手短に説明した。
「じゃっ、後はファイト! 応援してるよ!」
扉の方へ向かうパリアンさんの後に続き、バレッドさんもゆらりと歩き始める。ドアノブに手をかけて先に行こうとする二人を、ワタシは慌てて呼び止めた。
「ちょっと待って、あの、バレッドさんのお昼は? まだだったら、えと、食べたい物教えてください。おやつでも何でも。買ってきます」
「いらん。めんどくせえ」
ワタシの提案はバッサリと切り捨てられてしまった。結構勇気出して聞いたのに。面倒くさいって、どういう回答……?
「言ったでしょ? 貴女は何も気にすることないよ~」
せめてものお返しのつもりだったんだけど、バレッドさんは振り向きもしなかった。でも、と聞き返すより早く、二人とも出ていってしまう。同時に青紫の炎もフッと消えた。
少しの生暖かい風と白い日差しが、扉の隙間から入り込んでくる。窓も無い締め切られた空間なのに、不思議とこっちの部屋の気温の方が低かったみたいだ。
扉の裏に身を隠してそっと隙間を覗くと、言われた通り、ここがどこなのかは一目でわかった。職員室だ。職員室の横の部屋ってこうなってたんだ。今まで一度も入る用事がなかったから知らなかった。
すぐ近くに廊下へ出る扉がある。反対側の窓際ではパルティナ先生が机に向かっているのが見えた。仕事に集中していて、先に行ったパリアンさんたちには気が付いていなさそう。他の先生たちも同様だった。
万一見つかって、不法侵入と疑われたら困るから――事実、不法侵入みたいなものだけど――誰も見ていない隙を見計らって慎重に職員室から抜け出す。
後ろ手に扉を閉めて、ホッと息をついたのも束の間。
出店を見に行こうとして背を向けた方向から、激しくむせ返る男性の声がした。喧騒から遠い静かな廊下に、咳が響き渡る。
ビクッと肩を跳ね上げ、長い金髪を振り乱して後ろを向くと、ついさっきまでワタシが身に着けていたのと同じオレンジ色のクラスTシャツが目に飛び込んできた。
咳き込んでいたのは、クラス担任のギアー先生だった。
ピンクのストローが刺さっている蓋付きカップを握り締め、もう片方の手で口元を抑えている。中身のミルクティーは残りちょっとしかなくて、底にタピオカが溜まっていた。
ゴホゴホとむせて揺れた顔から眼鏡が傾き、ずり下がっている。それを直しもせずに、まるでお化けでも見たような目でワタシを凝視していた。
ど、どうしたんだろう。職員室から一般の来場者が出てくることって、そんなに驚くほど変? それとも、この格好がどこかおかしかったせい? 中の先生に挨拶に来た卒業生です、って言い訳できるかな?
でも、下手に喋ったら失敗して余計怪しまれちゃうかも。ここは冷静に、何でもないフリして、黙ってこの場を離れるのが正解……だよね?
幸い、ギアー先生はまだ息が整わない様子だ。先生が何でここまで動揺しているのかはわからないままだけど、向こうから話しかけられる前に逃げちゃおう。
去り際に、ニコッと愛想の良いごまかし笑いを浮かべて会釈する。
ギアー先生はまた一つ咳き込んで、赤らんだ顔で青ざめるという形容し難い奇妙な表情を浮かべると、落ち着きなく視線を逸らした。