創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

81.日暮れに想う

 学校の中へ戻ったレルズがその後どんな行動をしたのか、私は知りません。何を決意し、誰に、どのような想いを伝えたのか、私の知るところではありません。

 恐らく、関係のない私が口を挟むのも野暮というものでしょう。それは私が知らずとも良いことであり、彼らの思い出の中だけで大切に仕舞われているべきことなのです。

 ですから、この件に関しましては私から語ることは何もございません。私が言えるのは、この翌日以降にレルズが塞ぎ込むような様子は二度と無かった、ということのみであります。

 

 同じ頃、校舎にはまだ多くの生徒が残っていました。ほとんどは各クラスの中で学園祭準備の仕上げに取り掛かっていたのですけれど、ミリーのように、そうではない生徒もいました。

 ミリーは音楽室の掃除を終えてシザーやエレナと別れると、一度教室へ鞄を取りに戻ってから職員室へ向かいました。

 

「――ありがとうございました」

「先生はこれといって何もしていないよ」

 席の横で頭を下げるミリーに、ギアー先生は椅子を引いて向き直ります。眼鏡の奥の目を穏やかに細めました。

「実行委員の生徒たちみんなが尽力してくれたおかげだ。先生の力じゃないさ。それに、教員たちも楽しみにしているからね」

 ギアー先生の言葉も声色も優しく、ミリーはホッと安堵します。

 話している二人の傍に、パルティナ先生が近付いてきました。その横で立ち止まると、腰に手を当てて口をへの字に曲げます。

「特別だということはわかっていてちょうだいね? 本来の期日は何ヶ月も前のことでしょう?」

「は、はいっ、ごめんなさい!」

「去年も同じ話をしたけれど、貴女は一つのことに集中すると他を疎かにしがちなところがあるから、気を付けるように。それを許されるという甘えがあるところも。いつまでも通用はしないわ」

「はい……」

 咎められたミリーはツインテールを垂らして俯き、しゅんと小さくなりました。間でギアー先生が困り眉になり、フォローに入ります。

「パルティナ先生、担任の僕に免じて今日のところはそれくらいに。せっかくミリーさんが頑張ろうとしているときなのですから。ミリーさんもそんなに縮こまらなくて大丈夫だよ。先生たちの間でもミリーさんは人気でね、パルティナ先生だって何枚もレコードを持っているんだ。確か全て買っていましたよね?」

「えっ!」

「ギアー先生!」

 二人がほぼ同時に声を上げました。顔を見合わせます。

「ほ、本当ですか?」

 目を見開いて戸惑っていたパルティナ先生でしたが、少々間を置いた後ふうっと一息をつくと、柔らかく微笑みました。

「ええ、事実です。教え子の評判を知らないわけにはいきませんもの」

「単純にミリーさんの歌を気に入っていると言えばいいものを」

「ちょっとギアー先生は黙っててくれません?」

「おお、怖い怖い」

 にこりと微笑んだまま制するパルティナ先生に、ギアー先生は慣れた調子で軽口を返します。ミリーは反応に困り、ただ黙って苦笑いしました。

 職員室は人がまばらで、ミリー以外に訪れている生徒の姿はありません。会話をしているのも彼女たちだけです。風を通すため少しだけ開けたままにしている扉の向こう側も人通りがなく、落ち着いた時間が流れていました。

 一度咳払いを挟みつつ、パルティナ先生が再びミリーと目を合わせます。透き通ったライトブルーは秋の高い空のようでもありました。

「成績を落としたり期日を過ぎたりしてもいい理由にはならないけれど、やりたいことがあるのなら私たちはいつでも応援しています。貴女は自慢の生徒よ」

 パルティナ先生は、昨年のミリーのクラスの担任教師です。そのため当時の彼女の様子には他の先生よりも少し詳しく、昨年の冬の出来事についても理解を持っていました。

 進級後に担任はギアー先生へと変わりましたが、パルティナ先生はそれ以降も気に掛け続けてくれていたのでしょう。だからこうして、声をかけてきたのでしょう。

 話し始めは厳しい口調での注意だったけれど、ギアー先生に思わぬ暴露をされ気を緩めて以降のパルティナ先生からは温かな優しさが滲んでいるように感じられました。

 気付けば、傍で事務作業をしていた他の先生も顔を上げてミリーに笑顔を向けています。勿論、ギアー先生も。

「先生たちは皆同じ気持ちだよ。たとえミリーさん自身がどう思っていようともね。ひょっとして、こう言うのはかえって重荷になってしまうかな?」

 見上げて問いかけるギアー先生に、ミリーは髪を揺らして首を横に振りました。

 晴れやかな顔で、決意に満ちた瞳で、背筋を伸ばし高らかに告げます。

「もう平気です! ワタシを待ってくれてたみんなの期待に負けないように、頑張りますっ」

 ギアー先生は満足そうに頷きました。

 もう一度、ミリーがお辞儀をします。

「それじゃあ、失礼します!」

「はい、気を付けて帰ってね」

 職員室を後にするミリーの背中を、二人の先生は見届けました。廊下に出て完全に見えなくなるまで目を離さず、見守り続けていました。

 

 窓際の、ギアー先生の隣の自席についたパルティナ先生は、椅子の背にもたれかかって深い溜息を吐きます。

「まったく、ギアー先生は。また生徒を甘やかしていると思えば、言わなくていいことまで話して」

「そうでしょうか? 隠すことでもないでしょうに。嬉しそうだったじゃありませんか。別に甘やかしているつもりもないのですが」

「ミリーさんは今までにも多くのことを周囲の厚意に許されてきています。それに慣れさせてはいけません。大人の中で歌手としても活動する彼女には、私たち教師こそが率先して正しく教育と指導をしなければならないのですよ」

「ええ、わかっていますとも。パルティナ先生の厳しい言動は全て、生徒たちへの思いやりから生まれているとね」

 ギアー先生はパルティナ先生の苦言をさらりとかわしました。パルティナ先生はまだ不服そうな顔をしていますが、気にせず悠然と紙コップに手を伸ばして口を付けます。ぬるくなったブラックコーヒーが入っていました。

 整然としたパルティナ先生のデスクと比べると、ギアー先生のデスクには少し物が多く見えます。脇にはいくつかの書類が縦に積んであって、その一番上にあるのは学園祭のパンフレットです。ギアー先生はそれに目をやりながら肘をつきます。

「早いものです。つい先日夏休みが明けたばかりなのに、もう学園祭ですか。僕はほとんど生徒に任せきりですので、あまり実感がないですよ。当日ばかり仲間面というのも何だかしっくりきませんし。パルティナ先生の方はどうですか?」

「……クラスに問題はありませんが、あのシャツを着るのは……。毎年困るのだけれど、本当に私も着なければならないかしら……」

 パルティナ先生が眉を寄せて深刻な口ぶりで言うので、ギアー先生は苦笑しました。

「せっかく生徒が考えて用意してくれた物なんですし、全く袖を通さない方が悪いのでは?」

「そうですよね……でも、あのパリアンが作った物でしょう」

「……もしや、気にしているのはそこなんですか」

「そ、それだけではありませんが!」

 声を荒げて否定するパルティナ先生にますます呆れて肩をすくめます。残りのコーヒーを飲み干すと、パンフレットを取りました。パラパラと捲りながら全体を眺めます。

「火のない所に煙は立たない……とも言いますし、僕の耳にも届くほどに噂が広まっているのは心配でしたが、どうやらミリーさん自身はものともしていなかったようですね。安心しました」

「彼女は人に注目される環境に幼い頃から身を置いてきたのですから、噂されてこそのアイドルだという自覚をきっと持っているのです。あれから時間も経ちました。先程の様子なら大丈夫ですよ」

 そう言い切るパルティナ先生に、ギアー先生は無言で寂しげな微笑みだけを返しました。

「時間が経ったから……ですか」

 パンフレットを閉じて元の場所へ戻すと、スッと眼鏡の奥の目を細くして反芻します。何を見ているのかわからないような、微笑んでいるのに無感情にも見えるような顔です。

「……そうです。人間はそのようにできています」

 パルティナ先生はギアー先生の様子を一瞥し、短くそれだけ答えました。

 

 陽が傾き、窓から見える空が徐々に暗くなっていきます。

 生徒の下校時間が過ぎて、他の教員たちが支度を整えて席を立つ頃にも、二人は机に向かっていました。窓辺の席である二人の机の上には長い影が伸びていましたが、カーテンを閉める様子もありません。

 ついに、最後の二人になりました。

 二人が飲んでいたコーヒーはとうに空で、紙コップの底に茶色く古書のような跡が滲んでいます。

 ギアー先生がほとんど独り言同然に、睫毛を伏せて視線を落としながら口を開きました。

「僕はミリーさんを尊敬しますよ。あの年でなんて立派なことでしょうか。僕に彼女のような強さはありません。……その道は、苦しいでしょうに」

 パルティナ先生は目だけをそちらに向けます。波一つ立っていない湖のように、静かな眼差しです。

「彼女は僕とは違いますね。僕の方が生徒に教えられるばかりです。僕も、パリアンのように考えられたなら良かったのでしょうか」

「あの娘は単に軽薄で浅慮なだけよ」

 パリアンさんの名前が出た途端に口を挟んで、ぴしゃんと言い捨てました。

 生徒も教師も他に誰も残っていないためか、パルティナ先生の丁寧な口調は崩れています。こちらの方が先生の素なのでしょう。教員になる以前からの付き合いだという話でありましたから。

「……かといって、貴方も引きずりすぎだとは思うわ。でも……それを否定することは恐らく間違いなのでしょうね。私にはわからない思いだけれど。貴方は他の誰よりも、彼女を深く愛していたもの」

「恥ずかしいことを言ってくれますね」

「もう……すぐそうやって茶化す」

「照れるのですよ」

 不服そうに唇を尖らせてジトリとした表情を向けるパルティナ先生に、ギアー先生は困り眉で首を振りました。

 ふっと、風に煽られた蝋燭の火のように、マリーゴールド色の目から光が消えます。

「いっそ全て忘れてしまえたなら楽になれるものを」

 いつもゆっくりと話すギアー先生ですけれど、その言葉だけ一息に呟きました。低く、地に沈むような声でした。

 パルティナ先生は黙って顔を背け、窓の向こうの空を見上げます。そこにはただ、雄大な森のシルエットが遠く浮かんでいるだけ。かすかに、星の瞬きがありました。

「パルティナ先生はこんな噂をご存じでしたか? ああ、噂と言っても、ミリーさんのことではありませんよ。生徒たちのみならず教員間でも以前から囁かれている、このスズライト学園祭にまつわる噂話です」

 振り向くと、ギアー先生はすっかり元の調子で薄い微笑みを浮かべていました。

 パルティナ先生はすぐに返事をせず、その胸の内まで見つめるようにじっとギアー先生の瞳の奥を見ます。顔色一つ変えないギアー先生に、パルティナ先生もまた表情を変えません。

 小さく息を吐いて、先に折れたのはパルティナ先生でした。仕方がなさそうに向き直ります。

「クラス出し物でお化け屋敷を開く教室には、学校関係者の誰かが裏でとあるまじないをかけている……といった内容の噂のことね? 本物の霊が紛れ込むのを防ぐ、だったかしら。それがどうしたというの?」

「魔術科を教える先生としては、どうお考えで?」

 ギアー先生はニッコリと目を細めて尋ねました。

 開いた窓から静かに吹き込んできた冷たい風が、学園祭のパンフレットを音もなく捲り上げます。

 パルティナ先生は口元に手を当てて微笑を零しました。

「全く……何を言い出すのかと思えば、わかりきったことを。ごまかし方が下手ね」

 風になびいたライトブルーの髪が、ゆらゆらと影を揺らします。瞳は夕闇の中に青白く浮かぶようです。

「確認ですよ。よく聞く噂ですから。学校という場での楽しげな催しには子供の霊が集まりやすい、というのはね」

 眼鏡のレンズ越しに、マリーゴールドの瞳も同じく揺らめいて浮かびます。

 それは二対の人魂のように妖しく。

「そう、子供の……生徒たちと同じくらいの年齢でこの世を去ってしまった人間の子供の、未練ある魂」

 風が弱まり、止まったパンフレット。開かれているのは、ステージのプログラムを記したページです。

 人の気配のない校舎を、静寂が包み込みます。

 森の影の中へと、陽が沈んでいきました。

「また今年もやってきたのね、この時期が」

「早いものですよ」

 

80.太陽の君(2)

 ミリーちゃんを連れて、音楽室へ行くときに通ったのとは反対の階段から二階に上がる。

 作業をしている他のクラスの前はササッと足早に抜けて、誰もいない教室の中に入ってすぐに扉を閉めた。反対の窓のカーテンも閉める。全部閉めたら薄暗すぎたから、一箇所だけ僅かに開けておいた。

 極めつけに、カーテンの隙間や廊下側の扉の窓から見えなさそうな場所に立つ。俺が誘われた方だけど、やましいことは何もないけど、人に見られたら絶対良からぬ誤解をされる状況だから用心に越したことはない。

 落ち着きのない俺を見て、ミリーちゃんはおかしそうに笑みを堪えていた。

 杖を手に取ると、クルリと器用に一回しする。呪文を唱え、何かの魔法の力を込めたみたいだ。

「もし誰かに見られそうになってたら、ワタシだってわかんないようにすぐ変身しちゃうね」

「へ、変身?」

「ん。そっか、レルズ君には話してなかったっけ? ワタシ、自由に姿を変える魔法が使えるんだ。顔だけじゃなくて、声も体も全部」

「へー! 知らなかったっす、すげーっすね! でもそんなことができるんなら、何で今すぐ使わないんすか?」

「”ワタシ”のままで言いたいし、聞いてほしいからね」

 ミリーちゃんは杖を構えた手を胸元のスカーフに押し当てた。一本線で差し込む外の光が、ちょうどその上を斜めに横切る。

 真っ直ぐで真剣な目をして、ステージの上で歌い始める前のときみたいだ。

 だけどそのときとは違う、悲痛さも強く感じた。これから出てくるのが甘い言葉なんかじゃないってことだけはわかってた。

「ワタシは、ずっとみんなの気持ちに向き合わずに、嘘を吐き続けてきました。みんなの思いをちゃんと受け止めないで、本当のことを黙って、逃げて。だから、ごめんなさい」

「何の……話っすか」

 戸惑って問いながらも、ミリーちゃんが何を言いたいのか、本当は心の中では想像がついてる。

 寂しげな微笑みと肌に感じる張り詰めた空気に、俺は覚えがあったから。

「ワタシの話だよ」

 

 春先に交わした短い会話の記憶が蘇る。

 

 ――復帰は、しないんすか? 俺だけじゃないっす、みんな待ってるっすよ。

 ――今は無理だよ。勉強追いつけなくなっちゃうもん。

 ――……そっすよね。だから活動休止してるんですもんね。

 

 あの日のこと、ミリーちゃんが覚えてるかどうかはわかんねーけど、俺は忘れようがない。

 気が緩んで、踏み込み過ぎた質問をしちまったって、聞いた直後にすぐ後悔した。

 あれ以来ずっと触れないようにしてきた。

 俺は、あの活動休止の発表には裏があるんだと当時から思い続けてる。だけどミリーちゃんの表情を曇らせる原因が何なのかはわからなかったし、それを知ったところで、力になれることがあるのかもわからなかった。

 俺が納得いかなくても、ミリーちゃんがいいのならそれがいい。ミリーちゃんがそう言うのなら、俺がこれ以上追求することじゃない。

 そう考えて、事情は聞かずに黙って理解を示すのが正しいんだと思ってた。”歌えない”と言うなら、その言葉も受け入れるべきだって。

 その行為こそが逃げだったんじゃないかと、今は思う。

 多分、ジェシカへの返事と同じこと。そうするのがミリーちゃんに対する優しさだと考えてたから。そうする代わりに、俺自身の本当の気持ちは心の奥に沈めていた。自分に嘘を吐いてたんだ。

 本当の想いを伝えるのは怖い。もしもそれを拒絶されてしまったら立ち直れないし、もしもそれが相手を苦しめてしまったら、俺も後悔に苦しむことになる。嘘で繕ってしまう方が気は楽だ。

 でも、ビビッて怯えて本心をごまかし続けるのも格好悪い。そんな俺のことは、俺自身が好きになれない。

 だからスティンヴにキツく言われたのがかなり効いたわけで。悔しいけど、図星を突かれた。俺はどこまでもヘタレだった。

 ”いつか”が来る日を待つのは、もうやめだ。

 俺の想いはただ一つだけだって、わかったから。

「レルズ君は……今も、ワタシを待っていますか?」

「当然っす!」

 目いっぱいに明るく、渾身の力を込めて、肯定を返す。

 ミリーちゃんの不安を吹き飛ばせるように。

 俺は、君が笑顔で歌を歌う姿をもう一度見たいんだ。

 それが俺の本心だ。

 蓋をして鍵をかけて封じ込めようとしてしまっていた、本当の気持ちだ。

 そんな寂しそうな笑顔は、違う。君の本物の笑顔はもっとキラキラして眩しいってことを俺は知ってる。

 あのとき俺が言い洩らしてしまった余計な一言は、もしかしたらミリーちゃんの心にも刺さったままだったんだろうか。そのせいで今みたいな顔をさせているんだとしたら、謝んなきゃいけないのは俺の方だ。

 俺はミリーちゃんにまた歌ってほしい。

 でもそんな顔はしてほしくない。させたくもない。

 どうしたらいいんだろう、俺に何ができるんだろうと、足りない頭で考えた。いつかは必ず、と先延ばしにしていた結論を必死に手繰り寄せた。

 そうしたら、一つしか出てこなかった。

 俺にはそれ以外の方法がわからなかった。

「俺もミリーちゃんに謝りたいことがあるっす。てか、先に謝るっす」

「えっ? な、何?」

「”歌えない”って話してたこと、聞いちまって。だけどすんません、俺はそれでも、ミリーちゃんに歌ってほしい! 何でそんなこと言ったのか聞きたいって思うっす!」

 ほとんど、気持ちの押し付けだ。

 俺の身勝手でしかないかもしれない。

 君をただ悩ませるだけでしかないのかもしれない。

 でも、止まらない。一度蓋を開けてしまった感情は溢れるばかりだ。

 ミリーちゃんは自嘲染みた笑みを浮かべ、両手で杖を抱く。

「詳しいことは……話すと長くなるし、きっと困らせちゃうだけだから、言えないの。けど……みんなに応える自信がなかったからかな」

 視線を逸らして、少し俯いた。目元が翳る。

 きゅうっと胸が詰まって、切なさに苦しくなった。

「ワタシは勝手で、わがままで……。本当はね、今もまだ時々自信を持てなくなるときがあるよ。自分の嫌なところや悪いなところが気になって仕方なくなっちゃって、後悔ばっかりして。ワタシなんてダメだー、って」

「そ、そんなことないっす! 俺はミリーちゃんのいいとこを沢山知ってます! 今すぐにでも言えるっすよ! だって俺は――……」

 ――俺は?

 前のめりで言いかけたことにハッとして、喉の入り口で咄嗟に飲み込む。

 丸くて大きなミリーちゃんの目が、不自然に止まった俺をきょとんと見つめた。そうして、コトンと小首を傾げた。

 何気ない、たったそれだけの仕草なのに、激しく心が搔き乱されて冷や汗が噴き出る。

 急に頭にサッと冷静さが戻ってきて、でも顔は燃えてるのかってくらい熱くて、開けたまま固まってしまった口がカラカラに渇いていく。

 俺は君を励まそうとして。

 自分に自信を持ってほしくて。

 俺の想いの丈を伝えようとして。

 今、この空間には確かに二人きりで。

 

 これって、つまりは。

 

「お、俺は……、俺はっ」

 言葉の先が続かない。何度も絞り出そうとしてはつっかえる、を繰り返す。

 ミリーちゃんは不思議そうにしつつも、じっと続きを待っている。

 い、今すぐにでもこの場から走り去りたい。

 逃げたい。

 ああ、でも、少しでもミリーちゃんの力になれるんだとしたら。笑顔になってくれるのなら。

 ……いや。それは、違う。

 そんな殊勝な考えで言い訳して、取り繕っていい行為じゃない。

 卑怯だろ。

 だからこれは、そう、ケジメなんだ。

 

 頬が熱い。呼吸が落ち着かない。

 教室の中の空気が、ぴたりと止まってしまったみたいに思える。

 逃げ出したくなる気持ちを抑えて、強く両足で踏ん張って、限界まで深く深く息を吸った。

 一筋の陽の光が照らしている、ミリーちゃんの瞳。虹色に煌めいて、宝石みたいに綺麗で、吸い込まれそうだ。

 そのまま離さないでいてほしい。

 大きく吸い込んだ息を吐き出す勢いに任せて、叫ぶ。

 

「俺は……! ミリーちゃんのことが好きですから!」

 

 ミリーちゃんの肩がぴくりと震え、瞬きをした。その反応の先が凄く怖い。だけどもう戻れない。

 あの日、部屋にまで押しかけてきたエレナに指摘されたことを、俺は何ヶ月も悩み続けて迷っていた。でも、勝ちに行けってスティンヴに言われて、やっと答えに気がついた。

 俺は勝ちたいわけじゃない。勝ち目のない勝負だと考え始めたところから、ずっと間違ってたんだ。

 ”勝敗”なんて、俺の望みとは関係ない。

 勝ちとか負けとかじゃねーんだよ。

 だけど『逃げるな』ってのは、その通りだ。

 人気者のアイドルである彼女に対して俺が抱くこの感情の正体は何なのか。正直言うと、まだちゃんと自覚できてない。エレナの問いかけには今も胸を張って答えることはできないだろう。

 でも、名前がなくたっていいんじゃないかと思う。

 俺はミリーちゃんが好きだ。

 ただ、それだけだ。

 

 ミリーちゃんの歌を初めて耳にした日の、痺れるような衝撃は今もよく覚えてる。

 商店街の特設ライブ会場の近くをたまたま通っていただけの俺は、よく通る澄んだ歌声に惹かれて足を止めた。

 振り向いた先で歌っていたのが君だ。

 スポットライトの下で一人輝くそのダンスに、愛らしいその笑顔に、そして活力に満ちたその歌声に、俺は一瞬で虜になってしまった。その日から、今に至るまでずっと心を奪われたままだ。

 だから入学式の日に、同じ学校に来ていることがわかったときは信じられない気持ちだったんだ。

 そうは言っても、別に俺とミリーちゃんの生活が交わることはなかったさ。俺はその他大勢の中の一人で、体育の授業や学校行事に参加してる姿を見つけては陰からこっそり目で追ったりしてたくらいだ。廊下で一瞬すれ違えただけでもその日はラッキーだと思えた。登校してくること自体も、そんなに多くなかったみたいだし。俺のことは全く認識されてなかったけど、でもそれで良いと思ってた。

 そんな一年が過ぎて、エレナのイタズラ紛いなおせっかいをきっかけに、俺とミリーちゃんの関係が変わる。

 遠くから一方的に追いかける相手だったはずのミリーちゃんが、手を伸ばせば触れられるところに突然やってきたんだ。

 君の目が俺の姿を見ていて。

 君の声が俺の名を呼んでいて。

 それがどんなに革命的なことで、幸福だっただろう。

 高い青空の遥か向こうで眩く光る、雲の上の存在みたいだったミリーちゃん。だけど、隣に並んで共に過ごした君はそんなことを感じさせない普通の子だった。普通の、でも、特別な女の子だったんだ。

 この感情の正体が何なのか、俺にはわからないけど。

 君の笑顔を見たくて。

 君に名前を呼ばれたくて。

 それは好きだってこと。

 これぐらいわかる。

 それだけはっきりしてればいい。それ以上の名前も”勝敗”も、俺には必要ない。

 夏休みが終わるのと同時に、ミリーちゃんのライブの噂が広まったとき。きっと前の日のシザーさんのおかげなんだろうって俺は思った。それが嬉しかった。あれは確かに紛れもない本心で、またミリーちゃんの歌が聴けるんだと、俺はみんなと同じように喜べたんだ。

 だけど実際はそうじゃなくて、それどころか噂の内容とは真逆で、ミリーちゃんはシザーさんに”歌えない”と打ち明けていたらしい。それがショックだった。あの質問をしてしまったときのことも思い出して、悲しくなった。

 今思えば、それが俺じゃなくてシザーさんの役目だったという点はどうでもよかったんだ。嫉妬したっておかしくなかったけど、そうはならなかった。

 そりゃ、俺だったらと望む気持ちも……ゼロじゃないけど。

 でもそんなのは二の次でいい。

 

 これは逃げじゃない。

 俺の想いは、ただ一つ。

 

「こうして話すようになる前から俺は、ミリーちゃんを見てたっす。ミリーちゃんが凄い人だってことは、俺が保証するっす!」

 君のことが好きだ。

 歌う君の笑顔が好きだ。

 そんな君の姿をまた見たいと、俺は心から願ってる。

「だから“歌えない”なんて言わないでほしいっす……!」

 君が挫けそうなとき。泣きたいとき。ステージの上に立てないような、歌えなくなってしまうような、どんなときも。

 俺は絶対に君の味方でいるから。

 君のことが好きだから

「もし自信を無くしそうなら、俺が応援してるって思い出してください! 聞かれれば直接でも言うっすよ! いつだって何回だって、俺は答えるっす!」

 俺には他の方法がわからない。だからいくらでも繰り返すんだ。

 何度でも、何度でも、伝え続けよう。

 君の心に届くまで。

 君の心を曇らせる雨雲を取り払えるまで。

 明るくて、あったかくて、どんな人も惹きつける君の歌と笑顔は、何よりも眩しい光なんだって。

「ミリーちゃんは――俺の太陽だって!」

「……!」

 それまで静かに耳を傾けてくれてたミリーちゃんが驚きに目を見開き、息を飲んだ。

 瞬間、俺も全身がビシッと硬直する。

 い、今、俺、何て言った?

 完っ全に勢いですっげー恥ずかしいこと口走らなかったか!? 絶対引かれたよな!?

 心臓が爆発しそうになりながら、慌てて言葉を足していく。

「たっ、たたた例えっす! そんだけすげー人ってことっす! お、俺以外にもみんなそう思ってるに違いないっすよ! 口に出さないだけで! 聞いてみたらいいっす!」

 あんまり大声を出すと外に聞こえるかも、なんていう心配はすっぽりと抜けていて、俺は思い浮かぶままに言い訳を並べ立て続けた。

 何が何だかわからないくらい動転している俺を前に、ミリーちゃんはゆっくりと花開くように微笑んでいく。

 今日一番の可憐さにドキリとして、また動けなくなった。

「みんなが……レルズ君が、そんな風に応援してくれるから、ワタシは自分のことを信じられる。好きだって言ってもらえるようなワタシでいようって、そうありたいって、頑張れる。全部みんなのおかげなんだよ」

 初めて聞いたような、とても温かな声色。

「嬉しい。レルズ君、本当にありがとう」

 短い言葉だけど、とろけるように甘い声だった。

 身動きが取れないまま脈拍だけがどんどん早まって、全身が火照って、止まらなくなっていって。

 この瞬間は、君の声も笑顔も全て俺一人のために向けられたもの。

 そう思うだけで幸せに満たされていく。

 もう、これで俺は充分だよ。

 逃げなくてよかった。

 言ってよかった。

「”歌えない”なんて言う弱虫のワタシはおしまい。君と、学祭の前にちゃんと話せてよかったな」

 俺が思っていたのと似たことをミリーちゃんも呟いて、心が重なったみたいで、また少し心が跳ねる。

 だけどその言葉には、少し気になることもあった。

 聞き返そうとしたけど、まごつく俺よりもミリーちゃんの方が早い。

「お願い、もう少しだけ待っててね。必ず、ワタシはまた歌うから」

「マジすか!? ぜ、絶対っすよ! 信じてますからね!」

「うん。約束」

 そうはっきりと答えた後、好きな姿に変身ができるという魔法を込めた杖を鞄の中に片付けてしまった。

「ワタシも今日はもう、帰っちゃおうかな。ね、ちょっとだけ商店街寄っていってもいい?」

「はいっす! ……って、はい? い、今何て?」

「一緒に帰ろ?」

 取り出した眼鏡を両手でかけながら、イタズラっぽく俺の顔を覗き込んでくる。

 くらくらして、倒れてしまいそうだ。

「こっからっすか!? そっ、そそそそれはマズイっすよ!? 誰かに見られたら……」

「普通にしてると案外大丈夫なんだよ。ネフィリーともよく寄り道するし。初めて一緒に出かけた日だって平気だったでしょ? ワタシは一緒に帰りたいなぁ。ダメかな?」

 勘弁してくれと、誰にともなく叫びたい。俺が言ってるのはそういうことだけじゃないんだ、ミリーちゃん!

 これ以上は頭がパンクする。既に、目の前にいるミリーちゃんのこと以外何も入ってこない。

 どうしようもないくらい、俺はこんなにも君でいっぱいで。

 この想いを手放すなんてことは到底できそうにない。

 でも、いいんだ。

「ね、レルズ君。行こ?」

 ミリーちゃんがこっちを振り返りながら、上機嫌で扉を開けて教室から出ていこうとする。

 かすかに開けているカーテンから洩れた強い夕陽の光が、その眩さと熱が、目をくらませて。

 気付いたときには、すっかり彼女に引き寄せられていた。

 ああもう、俺は駄目な奴だ。

 

 これで本当に終わりにするから、今日だけは――今だけは、俺を許してくれないか。

 自分に正直でいたいんだ。

 明日からのことは、また後でちゃんと考えるから。

 だから今だけは、この幸せに浸らせてくれ。

 

 少し前を駆けていくミリーちゃんを追いかけて、俺も教室を飛び出す。

 光が、廊下を金色に染め上げていた。

 輝く校舎はまるで別世界だった。

 

* * *

 

79.太陽の君(1)

 * * *

 

 校舎の外壁に付いている時計を見上げると、まだ五時前だった。この時間なら、きっとまだみんな作業を続けてるはずだ。

 来た道を戻って内履きに履き替え、校内に戻り三階の音楽室を一直線に目指す。L字を描く階段を駆け上がっていくと、教室に近付く前からもうクラスメイトの声が聞こえた。扉を閉めていなくて、元々周りに教室も少ないからだ。

 顔だけ出して中を覗くと、やっぱり俺の思った通りだった。近くでこっち側を向いていた何人かがまず気付いて俺を呼び、次々とみんなが振り向く。遠くにいる友人もみんな揃って不思議そうな顔で、先に帰るって言ってたのにどうしたのかと言いたげだ。

 適当に相槌を打ちつつ、ジェシカの姿を捜してキョロキョロと見回す。向こうの方が先に俺に気付き、ジッと俺を凝視していた。奥まったところに仲良しグループで固まっていて、扉からは少し距離が離れている。構わずに声を張って呼んだ。

 ザワザワしていて何を話してるのかは聞こえないけど、ジェシカが傍の女子たちに何か軽口を言われているように見えた。彼女はそれを苦笑いであしらいながら、手にしていたガムテープの輪を友達に預けて小走りにやってくる。きゅっと弱く口を結んで、緊張した表情だった。俺も緊張していた。

 廊下に彼女を連れ出し、階段を半分降りて、踊り場で向かい合う。放課後にこの辺りを通る人はまずいないはずだし、もしクラスの誰かが上から覗き見に来たってすぐ気付ける場所だ。エレナみたいなのを警戒しすぎかもしれないけど。

 ここに来るまでの間に心は決めてきた。言うことも決めてきた。

 全部、正直に伝えるんだ。傷つけるかもしれなくても。傷つくかもしれなくても。

 これが正しいか間違ってるか、なんて、どうせ俺の頭じゃわからない。だからもう開き直ってやることにしたんだ。

 壁の角は薄暗く、夕方の空気はピリッとして肌寒いけど、頭上の窓から差し込む柔らかい陽の光は温かかった。

「ごめん。さっきの話だけど、俺は、行けないよ」

 最後まで言い切って、それから頭を深く下げる。顔を上げ、決して目を背けずに真っ直ぐ見続ける。

 ジェシカのことは仲いい友達だって思ってる。今年初めて同じクラスになったばかりだけど、気兼ねなく遊べる仲間だし、クラスの女子の中ではよく話す方だ。明るく前向きで、積極的なのも長所だと思うし、学園祭実行委員の仕事も一人であれこれやって凄いと思う。

 でも、俺、この学校に好きな子がいるんだ。

 多分その子にも好きな人がいるし、それ以前に高嶺の花すぎて、片思いだけどな。

 この気持ちを抱いたままじゃ、行けない。

 他の子のことを考えたままじゃ、向き合えない。

 俺はきっと、その子とジェシカを比べちまうよ。そんなの駄目だって、頭ではどんなにわかってても。

 だから一緒に後夜祭には行けない。ごめん。本当に。

 俺が話している間も、全て言い終えてからも、ジェシカはずっと黙ってた。悲しんで泣くのも、怒ってわめくのも、笑ってごまかすのも、そのどれもしなかった。黙って、少し俯き瞼を閉じた。

 長くて重い沈黙が流れる。

 目を開けたジェシカは、笑顔で意外な言葉を返した。

「いいよ、それでも。大丈夫だから」

「……え?」

 聞き返すと、頷く。

 ジェシカも俺から目を逸らさず、言葉を紡ぐ。

「告白する前に振られそうでヤだから、言わせて。私は……私が好きなのは……レルズだよ」

 絞り出したような声に、ズキリと胸の奥が痛んだ。その痛みはきっと、俺の本心の証明だった。

「実は、去年からずっと。レルズは私の顔も知らなかったよね? でも、明るくて優しいレルズのこと、気になってたんだよ。合同体育で一緒になったり集会で見かけたりしたら目で追ってたし、廊下でちょっとすれ違うだけでも幸せな気分だった。だからさ、同じクラスになれて本当に嬉しかったんだ」

 笑顔でジェシカは続ける。

「しかも、委員会の仕事のおかげで沢山喋れて……こんなの、今だけかもしれない。そう思ったから。ただ、それだけ……。だから……私に、思い出を下さい」

 そう告げて、体の前で手を合わせると、顔を下げた。前髪がぱさりと目元を隠す。その下でどんな表情をしているのか、俺にはわからない。

 返事をできないでいると、顔を上げてまた俺に笑いかける。

「……それと、本当はまだちょっと、諦めたくないな。私じゃ敵わないのかもしれないけど。でも、何もしないで引き下がるのはヤだよ」

 小さく開いた口元から覗く八重歯がキラリと陽を浴びた。

 やっぱすげーよ、ジェシカは。

 俺はスティンヴとエレナに背中を叩かれてやっと、その道に気付けたってのに。それをジェシカは自分一人でやってのけるんだな。

 さっきも、今も、すごく勇気を振り絞ったんだろう。

 覚悟が、揺らぎそうになる。

「あ、でもそのっ、私といるのをその子に見られたくなかったら、無理にとは言わないから」

「……いや、それは。じゃあ、えっと……当日はよろしく……?」

「うん。よろしく。ありがと」

 よろしく、なんて言葉で、本当にいいんだろうか。

 だけど他の言い方が見つからない。自分が情けない。

 でも、ジェシカはこんな俺を好きだと言ってくれた。

 その気持ちに応えられないとしても、感謝は示したい。

 それは、俺の自己満足だろうか。わがままだろうか。余計に傷つけるだけなんじゃないだろうか……。

「困らせてごめんね」

 やめてくれ、謝らないでくれよ。先に謝られたら、俺はますますどうしていいかわからなくなっちまう。

「俺こそ……ごめん」

 くるりジェシカが振り返り、俺に背を向けた。肩を震わせ、制服のスカートを上から強く握っている。

「あ、後から、みんなのとこ戻るから……っ。レルズは先、行って」

「……わかった。また、明日な」

「うん」

 涙声だったことには気付いていないフリをして。

 ジェシカを一人残し、俺は階段を降りていった。

 

 冷たい空気の中、誰もいない静かな廊下を歩く。

 何が正しくて何が間違ってるのか、俺は馬鹿だからわからない。

 そもそも正解自体が無いことかもしれない。

 もしそうだとしても、本当にこれで良かったのかって疑問と後悔は拭えなかった。

 足取りが重くなっていると自分でもわかる。無意識にどんどん背中が曲がって、うなだれて、目線が落ちていく。

 だから全く気が付かなかった。真正面から、制服姿の彼女が歩いてきていたことに。

「レルズ君」

 見なくてもわかる。聞き間違いようのない、鈴の鳴るような軽やかな声が、俺の名前を呼ぶ。

 胸に鉛を落とされたみたいだった。

 よりによってどうして今、君と会っちゃうんだよ。今でさえなければ、最高の偶然だってのに。

 立ち止まり、そろそろと顔を上げる。

「……ミリーちゃん」

「帰るところ?」

 頷いて答えると、ちょっと不安そうな目で首を傾げた。小さな肩の上でツインテールが揺れる。

「元気ないね」

「そ! そんなことないっすよ! 俺は元気なのが取り柄っすから!」

 見抜かれたくなくて、訳を話したくなくて、ブンッと腕を振りいつも通りにしようとしたら思ったより大声が出た。こういうのが逆にわかりやすいのかもしれないと、さっき靴箱でスティンヴに突っ込まれたことが頭をよぎる。

 だけどミリーちゃんは深く聞かずに、「そっか」と一言だけ言って目を細めた。

 ミリーちゃんこそ一人でどうしたのかと尋ねて、話題を変える。出店の準備の方にいないのが意外だったのは本当だし。女子らしいハート型のチャームが付いた鞄を持っているけど、寮の部屋に帰るにしてもミリーちゃんが向かおうとしてたのは昇降口の逆方向だ。

「さっきまで職員室に行ってたの。用があって」

 どうやら、思いのほか早くその用事が終わったためクラスの様子を見に戻ろうとしているところだったらしい。

「……あのね、レルズ君」

 何だか改まってミリーちゃんが切り出した。

 ふっと、またさっきみたいに不安げな表情を浮かべて、弱々しく呟く。

「……ごめんね」

「えっ」

「ワタシ、レルズ君に謝りたいことがあるんだ。今、少しいい?」

「え!? いやそんなっ、何かあったっすかね!?」

 突然の話に困惑した。

 謝られるような心当たり、全くない。それどころか今は、俺が謝りたい気分だ。本当に何もろくな理由になってねーんだけど、俺が一人で勝手に後ろめたくなっていた。

 ミリーちゃんが周囲の様子をキョロキョロと見る。 

「でもここだと、ちょっとな。えっと……」

「あっ、それじゃあ、俺の教室なら。下校時間の鐘が鳴るまでみんな戻ってこないと思うんで……」

「ホント?」

 つい考え無しに提案してしまったけど、もしかしてこれって結構大胆な誘いになってるんじゃないかと、途中で気付いた。でも、ミリーちゃんが特に気にした様子じゃなかったから、俺も気にしないようにして何も言わない。わかってる、いつも意識してるのは俺だけなんだ。

 あんなことがあったばっかりだから、ミリーちゃんと二人きりになるのは避けたかった。もう少し気持ちの整理を付けて、いつか俺から話をしに行くつもりでいたんだ。

 その”いつか”ってのは、少なくとも今じゃない。

 だけど、こんな顔で言われたら、断って帰れるはずがなかった。

 

78.青いかがり火(2)

 レルズは体勢を整え、改めてスティンヴのぶすっとした表情に目を向けます。二人とも、これといって何も言いません。ただ一息を吸って吐くと、レルズはスティンヴの横にゆっくりと座りました。

 しかし、しばし目を泳がせ、ぱくぱくと口を小さく開けたり閉じたりしたかと思うと、わっと頭を抱えて唸ってしまいます。

「あぁー、うーん、でもなー! これお前に相談してもなー!スティンヴにわかる話だとは思えねーんだって」

「失礼なのはどっちだよ。だいたい、何を勘違いしてる? ぼくは相談に乗るなんて一言も言ってない。レルズが話したいんなら聞いてやってもいい、ってだけ。大方あのアイドル絡みで、好きなのがバレるから誰にも話せなかったんだろ」

「好……!」

 両手を頭から離してぴたりと固まったレルズは、ただでさえ大きな目をますます広げていました。半開きの口元が小刻みに震えましたが、言葉は出てきません。

 スティンヴは意にも介さず続けました。

「お前はわかりやすすぎる。ごまかしてたつもりなんだろうが、この頃ずっと変なんだよ。だいたい、何がそんなに恥ずかしいんだ? どんな趣味だろうと人の勝手だろ。馬鹿にする奴らがいるなら無視してほっとけばいい」

「ま、ちょっと待てよっ、今は別に、そこは関係なくて……」

「嘘つけ」

 ぎろりと容赦のない視線と言葉が、ぐっとレルズをたじろがせます。

 口ごもりながらも、レルズは打ち明け始めました。

「う……確かに、無関係じゃなくはないかも……。だ、だけど! それはどうでもいいんだ!」

「何言ってんだこいつ」

「これは俺の……俺だけの問題だ。どっちがいいのかわかんなくて、俺が一人で迷ってるだけ。何て説明すりゃいいかな……」

「二択か」

「……まあ、だな」

 煮え切らない漠然とした言い方にスティンヴは眉を寄せて、急かします。

「なら単純な話だ。はっきり言えよ、ぼくが正解選んでやるから」

「そ、それは嫌だ」

「何だよ。偉そうに」

「偉そうなのはお前だろ! ……俺だけの問題っつったけど、俺の気持ちだけの話じゃないから、べらべら喋りたくねーんだよ。真面目に」

「………」

 スティンヴは閉口し、返事の代わりに小さく舌打ちをしました。

 レルズが悩んでいたのは、先程のジェシカへの返答に他なりません。

 実のところ、本心はとうに自覚していました。

 彼女に誘われたとき、思い浮かんでしまったのは違う少女の顔。自分の胸に生じた感情は戸惑いと後ろめたさ。それが答えでした。しかしそれは同時に、皆が幸せにならないであろう道を指し示してもいました。

 自分の心に鍵をかけ、受け入れるべきか。

 彼女も、自分自身すらも報われない選択と知りながら、断るべきか。

 気遣い屋な彼は、自分一人が思いを押し込めれば誰も傷つくことなく全て丸く収まるのではないかと苦心していたのです。

 腰を下ろした地面の冷たさが、全身に這いずるように伝わってきます。あの瞬間に何の一言も伝えられなかった自分を恨めしく思いながら、レルズは膝を抱えてきつく指を食い込ませました。

「どうせ勝ち目ないって――敵うわけねーんだってわかってんだし、スッパリ諦めて忘れるのが一番いいに決まってんだよな。そうした方が誰も傷つかないって、わかってんだ……」

「……は?」

「さすがの俺も、勝てない勝負に挑むほど馬鹿じゃ――」

「ふざけるなよ」

「え」

 苛立ちを隠さない荒々しい声が、ぴしゃりとレルズの話を打ち切らせます。

 スティンヴは口を歪めて大きな溜息と共に吐き捨てました。

「そういうウジウジした弱気なとこ、本気でうっとうしい」

「何だよ、ひっでえな!? 励ます気ゼロかよ! 俺だってそろそろ凹む――」

「戦ってもいないくせに。何が『勝てない勝負』だ」

「……あっ」

 その反芻を受けてハッとしたレルズは、即座に口をつぐみます。彼自身もそれが失言であったことに気が付きました。

 しかし、既に手遅れ。スティンヴはすっかり不機嫌になり、膝の上で拳を握ってまくしたてます。

「聞いてるだけで腹立つな。逃げてるだけの腰抜けで馬鹿野郎だ、お前は。賢い選択でも何でもない、死ぬほどダサい」

「お、俺は別にスティンヴのこと言ったつもりじゃねーって」

「うるさいな! 余計なフォローなんかいらない、やめろ」

「……悪かったよ」

 素直に謝罪を述べましたが、スティンヴの怒りが収まった気配はないようです。彼は続けます。

「負けるのも失敗するのもぼくは嫌いだが、挑む前から負けるって決めつけて戦いを放棄するのはもっと嫌いだ。大嫌いだ」

 強い意思のこもった鋭い目が、レルズを射抜いて離しません。

 陽の光を受けて透かされ、青い輝きをたたえています。

「二択だって言ったな?」

「え、お、おう」

 スティンヴは一呼吸を置き、改めてレルズの瞳を一直線に見据えました。

「勝ちに行く方を選べ。逃げるな」

 淀みなく、短く言い切って、プイッと顔を背けます。

「そんだけ」

 それは自身の感情によって溢れ出したものに過ぎず、応援でも激励でもない、とスティンヴは言うでしょう。

 ですが、その言葉こそがレルズの背を強く叩き、真っ直ぐに立たせたのです。何とも彼らしい、乱暴でありながらも力強さに満ちたエールではないでしょうか。

 このとき、レルズの中では別の声も響いていたのでした。

 

 ――そういう考え方、よくないと思うわ。

 ――そうやって言い訳して勝手に身を引いて、本当に満足? ちゃんと自分で納得しないままじゃ絶対後悔するわ。言っておくけど、わたしからすればあなたの態度はどう見たって恋してる人のものよ。

 ――その思い、大事にしなさい。

 

 それは以前エレナに言われたこと。何ヶ月も前の話だけれど、彼の胸の奥に鈍く重く淀み続けていた声。

 その記憶が蘇り、スティンヴの声と重なって反響していました。

「気が強えなぁ」

 長く息を吐いて、全身から力を抜いて前かがみに倒れ込みながら、その下でレルズは笑みを零します。

 シザーがやってきたのは、ちょうどそのときです。

 時間を鑑みるに、音楽室のゴミ捨てを終えた後でした。角を曲がってきたシザーはどことなく上の空な様子です。二人に気付いて締まりのある目つきに戻るまで、少しの間がありました。

「……あれ、お前らいたのか。クラスの手伝いしなくていいのか? まースティンヴはキャラじゃねーけど、レルズは珍しいな」

「シザー」

「!」

「つーか何があった?」

 突っ伏した状態のレルズを見て、状況が飲み込めずに苦笑いで尋ねます。レルズが何か反応するよりも早く、スティンヴが口を開きました。

「悩み事だと。寝ぼけたこと言ってるから、叩き起こしてやれ」

「なっ」

 彼の声は、普段の冷めた調子に戻っています。ガバっと体を起こしたレルズにも涼しい顔をして、カチャリとサングラスを押し上げました。

 慌ててシザーを見上げたレルズでしたが、シザーは合点がいった風の顔で頷いています。

「ああ、だから最近、やたら張り切ってるように見えたんだな。やっぱ」

「……え? それって、どういう」

「昨日、合同体育あったろ。そんとき、やけにずっとレルズの大声が聞こえると思ってな。や、いつも聞こえてんだけど、それにしても妙に叫びっぱなしだなってさ。空元気っぽく見えたっつーか」

「そ、そんなの、よく気付くっすね? 俺ってマジでわかりやすいのか……」

 小声でぼやく彼に、隣でスティンヴが白けた目を向けていました。

 シザーが正面まで歩いてきて、レルズの目線と同じ高さにしゃがみ込みます。レルズは少し戸惑った顔をしました。

「よく見てっから、何となく普段と違うのがわかるってだけだ。気分転換になってんならいいが、それも頑張りすぎて潰れんなよ?」

「……シザーさんの言う通りっすね。体動かしてると気が紛れるんで、ちょっと張り切りすぎたかもしれねっす」

「何かあるなら聞くぜ。いつでも俺らに言えよな」

「おい、勝手にぼくを巻き込むな」

「いいじゃんか別に。ホウキレースの後いっつもレルズに愚痴聞いてもらってるだろ? 貸しが溜まってんじゃねーの? つーか、だから今もいてやったんじゃねーのか?」

 シザーがニヤリと笑い、スティンヴは一瞬言葉を詰まらせます。

「ぼくは別に、そんなこと……」

「暇さえあれば箒の特訓してるスティンヴが、変だと思ったぜ」

「話聞けよ」

「じゃあ何だよ?」

「それは……こいつの態度に苛ついただけだ」

 見られていることに気が付いたスティンヴの手がレルズに伸びてきましたが、今度はうまく体をよじってかわしました。得意気な顔を見せます。

「スティンヴが急に素直になったら、それはそれで気持ち悪くないすか?」

「それもそうだな!」

「人を何だと思ってるんだよ。ぼくはいつだって正直だ」

 スティンヴが顔をしかめる隣で、レルズは清々しい笑みを浮かべました。大きく開けた目の中に夕陽の光が映り込み、その煌めきはまるで黒曜石のようでした。

「シザーさんのおかげで、気持ちの整理がついたっす。あざっす!」

「来たばっかで何もしてねーぞ?」

「んなことないっす。へへへ」

 シザーは何もわからずに疑問符を浮かべた様子ですけれど、納得したように微笑み返します。

「ぼくには礼の一言も無しか?」

「お前はそういう態度のとこなんだよ。仕方ねー、今度コーラな!?」

「良し」

 スティンヴも満足げに頷きます。

 レルズはスクッと立ち上がり、今から校舎へ戻ると宣言しました。シザーもスティンヴも、彼が話す以上のことは何も尋ねませんでした。

 威勢よく走り去っていくレルズの背に向かって、シザーの明るい声が追いかけてきます。

「よくわかんねーけど、頑張れよ! 大丈夫だ! レルズならうまくいくぜ!」

 レルズは足をぴたりと止めました。

 さらさらと、髪が風に揺れて頬をくすぐります。少しの間だけ、唇を結んで遠くに目をやりました。

 その表情は隠して、いつものように笑ってみせながら振り返ります。

「はい! あざーっす!」

 夕焼けの空にも負けないくらいの、眩しい笑顔でした。

 

77.青いかがり火(1)

 エレナたちが掃除をしていた音楽室の時間を少々、およそ三十分遡ります。

 たった数分間の、ささやかな出来事。

 どこのクラスも学園祭準備を行っていた時間のことです。

 音楽室へ向かっていく、二人の人影がありました。二人は長机を協力して持ち、床の段差に注意しながら一人分の幅の扉を慎重に抜けていきます。

 教室の隅に既にいくつも同じ物や大きな段ボールが固めて置いてあり、その近くにゆっくり下ろしました。

「よっし! これで終わり!」

 片側を持っていた小柄な少年はレルズです。手を離し、笑って顔を上げました。

 もう片方を持っていたのは、彼のクラスで学園祭実行委員を務めている女子生徒でジェシカといいます。彼につられるようにして、小さな八重歯を見せました。

「さすがに三往復は疲れたっしょ。ありがとね、お疲れ様」

「こんぐらい全然! 次の仕事は何だ?」

「まだやる気なの? マジで元気だねー」

 威勢よく声を上げるレルズにクスクスと笑います。

 ジェシカは指を一本ずつ折りながら、終わっている作業を確認していきました。

「もうやることは無いよ。机と椅子は今ので最後だしー、後の用意は前日にみんなでやるしー、暗幕は背の高い人たちで付けてくれたみたいだしー」

「うぐっ」

「あ、レ、レルズは机と椅子運ぶのめちゃくちゃ手伝ってくれたから! 超助かったよ!」

「何で伸びねーかなー……」

 運んできた机にもたれかかって、レルズは恨めしげな目でカーテンを見上げます。彼が椅子の上に乗って腕を伸ばしても、そこに手が届くかどうかは微妙な高さです。

 そんなレルズの横顔を、ジェシカは密かにそっと見つめています。何かを言いたげに唇を結び、仄かな熱を帯びた目を向けていました。

 他のクラスメイトは、搬入作業を済んだことにして一足早く自分たちの教室へ戻ったようです。まるで仕組まれたかのように、レルズとジェシカは音楽室の中に二人きりでした。

 ジェシカが窓際へ歩いていき、元から付いているカーテンの上に取り付けられた暗幕の端をギュッと掴んで、体の前へ一気に引き寄せて閉めます。日差しが遮られて影が落ちました。

「……別に身長なんて気にしないのにな」

 とても小さなその呟きは、彼の耳には届きません。彼女もまた、何も無かったような振る舞いで後ろを向いたまま話しかけます。

「これだけでも暗くなるね?」

「な。ドアも全部閉めたら真っ暗なんじゃね」

「あ、あのさ。レルズは、後夜祭出る?」

 そう尋ねる声が少しばかり上擦っていました。

「後夜祭か? そりゃ行くけど」

「そんじゃさ、もし、誰とも約束なかったら……、フォークダンスのとき、私のとこ来てくれないかな」

「へ」

 レルズは素っ頓狂な声を上げて目を丸くします。

 ジェシカは振り返らず、暗幕の裾を強く握り続けていました。レルズから彼女の表情は全く見えません。

「委員会の仕事で、テントの近くら辺にいると思うから……か、考えといて! 私、先に戻るね!」

 早口でそれだけを告げると、顔を隠すように下を向いたまま走り去っていきました。

 レルズはその場に固まってしまい、何の一言すらも返事ができませんでした。

 暗幕を半分閉じたままの薄暗い教室内に一人取り残され、しばらく呆然としていたレルズの後ろ姿が、ずるずると沈んでいきます。

 肘を折って机の上に突っ伏して、深い溜息を吐き出しました。

 

 放課後になって掃除を終えたクラスメイトたちが、飾り付けに使う道具と各々の通学鞄を持って教室の扉の前に集合していきます。ここ最近は毎日のように、帰りまでずっと音楽室に集まって準備の仕上げをしていました。

「おーい、レルズー? 行かねーのー?」

 革の手提げバッグを机に置いたまま椅子の後ろでぼんやりと棒立ちするレルズに、友人が呼びかけます。ハッとして弾かれたように顔を上げると、扉の前で皆が彼の方を見て待っていました。

 その輪の中にいたジェシカと、バチリと目が合います。

 二人とも目を逸らしました。

 彼女はほんのりと頬を赤らめているけれど、レルズはそうではありません。ただ気まずそうに、苦しげに、眉を寄せます。

 鞄を手に取って明るく作り笑顔を浮かべると、レルズは小走りで反対側の扉から教室を出ました。

「わり、今日は先帰る! また明日な!」

 廊下の角を曲がった直後から彼の足取りは徐々に遅く、重くなり、また浮かない顔になっていきます。

 靴箱に続く廊下を、レルズはとぼとぼと背中を丸めて歩いていました。他の生徒たちが脇を通り抜けていきます。

「歩くの遅。邪魔」

 背後から、不意に辛辣な言葉が投げかけられました。

 振り返るとスティンヴが立っています。いつから後方にいたのか、薄い青紫のサングラスの奥の目がレルズを冷たく見ていました。

「今日は残らないのか。去年、居残り常習だったくせに」

「そ、その言い方だと違う意味みてーだろ!」

 レルズはすぐに取り繕い、普段通りに接します。

「今日は、ちょっとな。それより、スティンヴこそ準備の手伝いしねーの? お前のクラスって何だったっけ……ああ……」

「笑うな」

「笑ってねーよ」

「いいや笑ってた。ぼくは嫌だって初めから言ってたのに」

「当日楽しみにしてるぜ? そんときはおもっきし笑ってやるよ! あのスティンヴが客相手に――いっで!」

「絶対来んな」

 スティンヴがブンッと鞄を一回しして、強かにレルズの体にぶつけました。レルズは各クラスの靴箱の間に逃げ込み、スティンヴも舌打ちをしながらその靴箱の逆側へと分かれます。

 互いの姿は見えませんが、高い靴箱の向こうから冷めた声が飛んできました。

「わざとらしいはしゃぎ方やめろ。苛つくから」

「な、何だよ、わざとらしいって」

「わっかりやすい反応」

「だから何がだよ!?」

「声でか。そういうとこがわかりやすいって言ってるんだ。……あの女子、ミリーのことも」

「わっ、わああああ!?」

「うるさっ」

 食い気味の絶叫が、スティンヴの声を掻き消します。

 激しい音を立てて叩きつけるように戸を閉めながら、靴下だけのままで駆け出して反対に回り込みました。スティンヴは脱いだ上履きを戻している最中で、目と口を大きく開き狼狽した顔のレルズをじとっと睨みます。

「このぼくが気付かないわけないだろ。隠せてるとでも思ってたのか?」

「だっ、なっ、何の話だ!? 俺はっ、ちげーぞ!?」

「一年以上も気付いてないフリしてやってんだから感謝しろ」

「するわけねーし! ……って、え、いいい一年!? ちょ、マジ!? 誰にも何も言ってねーだろーな!?」

「こんなどうでもいいこと、いちいち喋るかよ」

 レルズが叫ぶあらゆる訴えを放置し、全てを聞き流し、スティンヴは淡々と外靴に履き替えて校舎を出ました。レルズも慌てて靴を履き、ワーワーと騒ぎ立てながらその後をせわしなく追いかけていきます。

 どちらともなく、二人の足は正門ではなく裏庭の方へと向かっていきました。角を曲がって校舎の裏へ回り、シザーも交えた三人でよくたむろしている馴染みの場所まで着いたところで、スティンヴが立ち止まります。

「……元気じゃん」

「へ?」

 横を付いてきたレルズのことは見ずに、正面を見たまま呟いたそれは独り言のようでした。

 二、三歩遅れて立ち止まったレルズが、斜め後ろに振り向きます。スティンヴは少しだけ首を上へ傾けて目を逸らし、サングラスの縁に手を添えました。そんな彼の仕草は、レルズの視線から目元と顔を隠すかのようでした。

「ぼくは別にレルズにもミリーのことにも興味はない」

「なっ、いきなり失礼だな!?」

「だから、お前が何を悩んでたってぼくには関係のないことだ。それを知ったところで他の奴に喋るつもりもない」

 涼しい風が、柔らかに流れていきます。

 レルズは少々間の抜けた顔で瞬きを繰り返しました。フン、と鼻を鳴らして足元の階段に腰を下ろしたスティンヴをまじまじと見下ろし、呆けた様子で口を開きます。

「……もしかして……スティンヴ、お前」

「調子乗んな」

「あだっ!? 何も言ってねーだろ!?」

 最後まで口にする前にスティンヴの右足が伸びてきて、レルズのふくらはぎを蹴り上げました。

 

76.世界はウソに溢れるが故に(2)

 ゴミ捨て場の場所は、書庫がある離れの塔の裏手です。屋外に古びた焼却炉が設置されています。

 廊下の突き当たりにある勝手口から中庭に出て、校舎の壁沿いにズカズカと大股で進んでいたシザーは、その曲がり角でルベリーと鉢合わせました。彼女が運んでいたゴミ箱の中は空で、既にゴミ捨てを終え校舎内に戻るところだったようでした。

「あ……」

「……ん」

 ルベリーはその場で立ち止まってしまい、俯きがちにおどおどと視線を泳がせます。その様子を見て、シザーは腕から力を抜きゴミ箱を地面に下ろします。

 ボソリと低く小声で聞きました。

「ああ……そうか。ずっと全部バレてた訳だ。あの肝試しより前から」

 教室にいるときよりも多少穏やかではあるけれど、ぶっきらぼうな口調はそのままです。ルベリーは不安げな表情で目を逸らします。

「……ごめんなさい」

「どうしようもないんなら仕方ねーだろ」

「それでも……ごめんなさい」

「………」

 辺りには他に誰の姿もありません。夕日を浴びた校舎が長い影を伸ばして、二人の影を包んでいます。この場はとても静かで、ルベリーには彼の内心がはっきりと聞き取れる状態でした。

「……誰にも言ってないですし、言わないです」

「助かる」

「で、でも……あの」

 唇も腕も震わせながら、ルベリーは軽いゴミ箱を持つ両手を強く握り締めます。

「……シザーくんは、それで後悔しないのかと……私、わからなくて」

「……俺は」

 シザーの大きな足が、ジャリッと地面を鳴らしました。

「ご、ごめんなさいっ、私なんかが口を出して……」

 その音に全身をこわばらせてギュッと縮こまってしまったルベリーに、シザーは少しだけ無表情を崩されて眉間に皺を寄せました。

 恐る恐ると、ルベリーは目を開いて。

「だけど……最近のシザーくんは、特に……無理をしてるから……」

「ルベリーはそうじゃねーのか。どうしてまだ、学校に来れる」

「……それは、その」

 彼の問いかけに、伏せていた目をちらりと上向きにします。

「私は、無理はしてないつもりです……。私は自分の意思で、みんなに会いたいから、学校に来てます」

 シザーは、言葉の続きをじっと待っていました。ルベリーは身を屈めると、彼のようにゴミ箱を脇によけます。

「この前までは、嘘ばかりの人たちが……怖かったです。優しさも、笑顔も、上辺だけだと知ってしまって、たまらなく怖かった……そんな関係に何の意味があるのかもわからなかった……だけど……」

 俯いたときに長い黒髪が秋風に揺らされて、優しい琥珀色の瞳が見え隠れしました。

「嘘だけじゃない……本当のこともあるって、気付きました。それを忘れたくないんです。そう気付かせてくれた友達のことを……信じたいんです。これからも学校に通って、エレナさんたちの傍にいれば、信じ続けられる気がするんです……」

 ルベリーがこのように口にしたのは、自分の気持ちがシザーと共有できるものであったからです。彼が自分によく似た思いを抱いていると知っていたからです。それはこの日に初めて知ったことではなく、ずっと前からルベリーには気が付いていたことでした。

 心を閉ざして目を瞑っていたルベリーと、心を冷たく固めながらも世界を見続けようとするシザー。全く違う道を歩んでいるようであったけれど、二人が胸の中に抱えていた問いと苦悩は似通っていたのでしょう。

 一方、シザーがどのように感じていたのかは私にはわかりません。口をつぐんだシザーの「声」がルベリーには全て聞こえていたはずですが、彼女がそれを他人に明かすことは決してありませんでした。

 顔を上げ向き直ったルベリーの、日陰の中の琥珀色に、ほのかな光が映ります。真っ直ぐにシザーの目の奥を見つめています。シザーもまた、静かな水面のようにじっとそれを見つめ返しました。

 

 例えば、胸中に渦巻く魂胆を悟られないように偽の笑顔を貼り付けて親しげに近付いたり。

 例えば、波風を立てず平穏に過ごすために本音を飲み込んで心にもない発言をしたり。

 例えば、友への嫉妬心を気取られないように仲良しを演じて隣に並んだり。

 例えば、周囲の人たちに心配をかけないために涙を隠して笑ってみせたり。

 

 これらは、人間関係を取り繕うためのものという意味で言えば同じ嘘。だからといって、全てを同一視するのは少々愚かで浅はかというものでしょう。

 それでもルベリーは願っていました。その嘘は本心を覆い隠すものであるけれど、本心の一欠片でもあってほしいと。また、自分を守るための嘘が自分を苛んでしまうことや、自分を騙すための嘘が本当の自分を作ることもあると。

 そういった想像を巡らせ、信じていました。

 それはエレナたちによって気付かされた可能性でした。

「……シザーくんが先生たちを嫌う理由は、少しわかります……。私も、同じでしたから……。私に心の声が聞こえてたと知ってから、私を避けてる先生も……何人かいます。今もほとんど話せてないままで……」

 冷たい風が、シザーの背中側からルベリーの顔に向かって吹いてきます。ズボンの外に出しているシザーのシャツの裾と、丈の長いルベリーのスカートがはためきました。

 ルベリーは一度言葉を止めて間を置いてから、静かに首を横に振ります。

「……私は、失望はしてません。前までなら多分、そうだったけど……。気を遣って、頑張ってくれている先生もいます。友達もいます、だから大丈夫です。それに……話してくれない先生も、苦しんでるんじゃないかと……思うんです」

 シザーの眉がぴくりと上がり、スッと目つきを鋭くしました。少しルベリーは怯んだ様子だったけれど、続けます。

「確かに、私は、人の心の声が聞こえる……でも、どうしてそう思うのか……その理由や、その人が過ごしてきた過去の事情までは知れません……。だから、想像してみるんです。そんな風に思う理由、嘘を吐く理由……」

「それが心の底までクソみてーな奴で、最低な理由だったら?」

 硬い声で、シザーが初めて言い返しました。

 ここまでの間にも心の中には燻りがあったのかもしれません。

「……嘘と、本当とか……偽物と、本物とか……きっと単純に分けられるものじゃないはずだから……」

「じゃあ先公は俺をどう思ってる? それも聞こえてんだろ?」

 シザーは突如堰を切ったように、間髪入れずに問いをぶつけてきます。その声色は次第に冷たさを増し、詰め寄るような物言いになっていました。

 たじろぎながらも、ルベリーはシザーと向き合うことをやめませんでした。心の声を聞き続けてきたことに責任を感じていたのかもしれません。思っているだけでは伝わらないと痛感しているからこそ、形にして伝えようと必死だったのかもしれません。

「……どんなことでも、人の気持ちをバラすのは、し、したくない……です。だから、ご、ごめんなさい」

「……そうか」

 彼が欲する答えの提示は、拒否されます。けれど、その理由の正当さと誠実さには反論できませんでした。

 指摘された通り、恐らく彼女の中に回答はあったのでしょう。ルベリーは尚も心苦しそうに謝罪を繰り返します。しかし、シザーにそれ以上尋ねる気はありませんでした。

「もういい、わかった。今のはルベリーが正しいだろ」

「ごめんなさい……。あの、その、でも……シザーくんが一番聞きたいことは、他に……」

 再び風が吹きました。風向きが先程とは逆になり、シザーが正面から冷風を浴びます。

 互いに口を開けずにいると、曲がり角の向こう側から近付いてくる話し声が聞こえてシザーの表情がサッと一気に険しくなりました。

 言葉の続きを待たずにゴミ箱を持ち上げ、彼女の横を足早に通り抜けていきます。すれ違うときにも無言で、顔も向けません。

「待っ、あの、シザーくん……!」

 ルベリーは彼を追って振り向きながら、咄嗟に声を上げて呼び止めました。その拍子に体がぶつかり、傍に置いていた空のゴミ箱がガタンと倒れました。

 数歩ほど離れたところで、シザーが背を向けたまま立ち止まります。

「わた、私は……シザーくんがしたいことをするのが一番だと、思います……!」

 背中に向かって、ルベリーは少しだけ声を張りました。彼女に発することができたのはその一言だけでしたが、シザーには何のことを言われているのかわかったようでした。

「……んなもんねーんだよ、俺には」 

 塵や埃、引き割かれた包装紙、紙くずが詰め込まれてぐちゃぐちゃになったゴミ箱を見下ろし、憎々しげに吐き捨てた呟き。鬱積し続けて溜め込み切れなくなった感情が、ほんの僅かに漏れ出ます。体の前に持ち上げたゴミ箱の重みで、冷えた指先がじりじりと痛みました。

 校舎沿いの日陰を振り返らずに歩いていくシザーの姿は、どんどん遠くなっていきます。ルベリーは立ちすくんだまま、案じるような目を向け続けていました。

 シザーの後ろから談笑しながらやってきたのは、仲の良さそうな女子生徒二人でした。共にゴミ箱を運んでいましたが、角を曲がったところで一人がパッと手を離します。ルベリーの傍に歩み寄ってきて身を屈めると、横倒しのままだったゴミ箱を立ててくれました。

「どうしたの、倒れてるよ?」

「あっ、大丈夫です、すみませ……ありがとうございます」

「ちょっ、ちょっと!? 急に離さないでー!?」

 唐突にゴミ箱を預けられたもう一人は、ぐっと体を反らして力を込め困惑しつつ笑っています。彼女たちにシザーとの会話は聞こえていなかったようです。「ごめんごめん」と戻っていく様子に、ルベリーは少し表情を和らげました。

 陽が傾き、夕闇は徐々に濃く深くなっていきます。

 冷たい風が吹き続いていました。

 

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75.世界はウソに溢れるが故に(1)

 それからまた二、三日が経過して。エレナたちは掃除のために音楽室へやってきました。

 扉を開けると、窓に暗幕が取り付けられていて真っ暗です。熱がこもって少々蒸し暑く、生ぬるい空気が廊下へと流れ出てきます。

「わ、暗! 開けよ!?」

「閉めっぱなしで行っちゃったみたいね。ずっとかしら、熱くなってるじゃない」

「………」

 まずミリーが即座に窓へ駆け寄っていき、シャッと勢いよく暗幕を開きました。下から臙脂色のカーテンが現れて、隙間から夕陽の明かりが差し込みます。続いてエレナも隣の窓を開け、その後ろをシザーが緩慢とした動きでついてきました。

 三人で全ての窓を開けて涼しい風を入れると、ロッカーから箒を手に取ってそれぞれ掃除を始めます。

 学園祭の当日には、音楽室はお化け屋敷として使われる予定でした。普段は部屋の隅には何も置かれていませんが、現在はシーツの詰まった段ボールや何台もの長机と椅子が寄せてあります。それらを避けて床を掃きながら、ミリーとエレナは雑談をしました。

「お化け屋敷の準備って、何かちょっと特別な感じしない?」

「そうね、暗くしたり物陰に仕掛けしたり。うふふ、イタズラの正当化だわ♪ わたしはお化け役もやってみたいわね」

「ワタシもー! 音楽室使うのはレルズ君のクラスだったよね、いいなぁ」

「レルズって脅かされる側の方が似合うわよね?」

「あはは、そうかも。夏休みの肝試しのときも――……」

「………」

 シザーは二人に背を向け、会話には混ざってきません。そんな彼の様子をミリーは横目に見つつ、声量を少し落としてエレナに一歩近寄りました。

「ね、こないだのこと、本当にありがとね。エレナが色々頑張ってくれたおかげだよ」

「え? ああ、あの手紙の話?」

 聞き返しながら、エレナもシザーを一瞥しました。彼は二人の方を見ずに掃除を続けていて、話を聞いていないような様子です。ミリーに視線を戻します。

「どうにかなったみたいで良かったわ。でも、かなり強引な日程よ。大丈夫?」

「平気、平気! わがまま言ったのはワタシの方だもん、これくらい余裕だよ!」

「さすがね。わたしも楽しみにしてるわ」

「掃除終わったら職員室行って、先生にもお礼言ってきたいんだけど誰先生に言えばいいかな?」

「学校に話を通して、許可もらってきてくれたのはギアー先生よ」

「そうだったんだ!? じゃあさっき教室で話せば良かったんじゃん!」

 二人だけの話をしながら、ミリーは視界の端に映るシザーの方にもちらちらと意識を向けます。シザーは一言も喋ることなく、離れた場所のグランドピアノ付近で手を動かし続けていました。その後ろ姿はどこか苛立ったように、不機嫌そうでした。

 

「ゴミ捨て、代わりに行ってもらってもいいかしら?」

 掃き掃除を終えて、腰の高さほどのゴミ箱を覗き込んだエレナが二人に呼びかけます。中身が溜まっていたようです。

 学園祭の日まで連日、エレナの放課後は実行委員会の活動予定が詰まっていました。それは二人も理解していることでした。

 すぐにシザーが黙って傍にやってきて、ガコンと軽々しく持ち上げます。

「ありがと、お願いね」

「ワ、ワタシも手伝うよっ」

「俺一人でいい」

 つい申し出てしまったミリーでしたが、シザーは振り向かずにぴしゃりと制しました。エレナは彼の本当の顔を知っているため、何も咎めません。ただ静かな口調で、身じろぎしたミリーに慰めるような微笑みを向けます。

「任せましょ」

「……うん」

 ミリーは寂しそうに目を伏せて後ずさりました。彼女自身も、自分が間違えたのだということはわかっていました。

 一人で先に音楽室を出ていく彼の背中を見送ります。

 その顔の向きを変えずに、隣で同じように立つエレナに問いました。

「ねぇ、シザーってさ……あれで不良やれてるつもりなのかな……?」

「……力仕事をミリーにさせるのはカッコ悪いとか、自分がやるべきだとか、思ってくれたんじゃないかしら。特に掃除の時ってわたしたちだけだから」

「でもゴミ捨てに行ったら、途中で絶対人に見られちゃうよ。先生ともすれ違うかもしれない。そんな真面目に掃除してくれる人のこと、不良なんて思う? それにワタシたちやレルズ君たちとは学校の外でなら話せるって言うのも、どこで誰が見てるかわかんないし、たまたま近くに先生がいるかもしれないのに」

「……そうよねー。うん、フォローできないわ」

 エレナも遂にお手上げでした。観念した顔で、シザーに代わって弁解することを諦めます。

「本当はわたしも、去年そういう風にシザーに聞いたことがあるのよ。何も意味ないんじゃないのって。でも、自分の問題だからほっといてくれって言われちゃったわ。だからわたしも詳しくは知らないけど、シザーにはシザーの理由があるのかもしれないわね」

「不良しなきゃいけない理由?」

「わたしだって訳わかんないわよ。でも……」

 二人は揃って眉をひそめました。

「先生のことを試してるんだ、って言ってたっけ……」

 これまでの彼との会話を思い返して、その場に佇みます。

 反抗的な態度を取る自分という「不良」に、先生という大人は何を思いどんな行動をするのか。それを知るためにシザーは入学当初からこの日に至るまで、問題児の演技を続けています。

 授業中にノートを取らず、課題も満足に提出せず、注意を受けても真面目な受け答えなど一切しない。そんなシザーに先生たちはすっかり手を焼いて、今やほとんどの人が彼と本気で向き合わなくなっていました。

 彼の素顔を知るのは私たち一部の友人のみです。先生だけではなく、教室での様子しか見たことのない多くの学友たちからも、シザーは遠巻きに見られています。

 シザーがそうまでする理由とは何でしょうか。シザーが求めるものとは何なのでしょうか。

 それは二人にも、そして私にも、わからないこと。

 

 ――シザーはそれでいいの? 友達とか……色々。

 ――これは半分演技で、つまりもう半分は本気なんだよ。どっちかってと先公は嫌いだし、勉強もやりたくねえし、特に問題はないっつうか。

 

 以前にミリーが尋ねたとき、シザーはからりと笑いながらそう答えていました。何を聞いても軽い調子だったものですから、その裏に隠した事情がある可能性など考えてきませんでした。

「シザーは、先生が……大人のことが気に入らないだけで、学校そのものが嫌いというわけじゃないと思うのよね……。学園祭だって、本当は……」

 エレナの呟きはそのまま宙に消えていきます。

 開けっぱなしの窓から吹き込む冷えた風が、エレナとミリーの体温を奪っていきました。

 

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